魚津神社 魚津神社の概要

魚津神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/04 15:51 UTC 版)

魚津神社
所在地 富山県魚津市中央通り 1丁目 3番28号[1]
位置 北緯36度49分05.6秒 東経137度23分51.5秒 / 北緯36.818222度 東経137.397639度 / 36.818222; 137.397639座標: 北緯36度49分05.6秒 東経137度23分51.5秒 / 北緯36.818222度 東経137.397639度 / 36.818222; 137.397639
主祭神 祭神一覧を参照。
例祭 6月4日
主な神事 魚津神社祭礼(6月4日 - 6月6日
愛宕社の火祭り(1月26日
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魚津神社(富山県魚津市)の社紋。

祭神

勧請…神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること。)

由緒

元々は神明社という名前の神社だったが、1956年昭和31年)に魚津大火が発生し、その復興事業として火災地域にあった5つの神社を統合し、魚津神社となった。1965年(昭和40年)6月1日に新社殿を再建し[2][1][3]1966年(昭和41年)に魚津市立大町小学校敷地内にあった愛宕神社(昔は魚津城の守護神として有名だった。)を本殿の北隣に移した。

その後、1968年(昭和43年)9月17日富山縣護國神社に次ぐ県内2番目の規模(当時)の大鳥居(高さ8.5m、幅11m、柱の下の直径60cm)が富山県米穀株式会社社長からの寄付により竣工した[4]。さらに1970年(昭和45年)7月30日には境内に相撲場(檜柱の神明造の屋根(茶褐色のトタン葺)を備えた、柱と柱の間5.5m、天井まで4.5m)が竣工し[5]2023年令和5年)現在に至る。

社殿・境内


  1. ^ a b c d e f g h 『富山県神社誌』(1983年11月10日、富山県神社庁発行)346ページ。
  2. ^ 北日本新聞』 - 1965年(昭和40年)5月21日付 朝刊12面(富山新川版)『来月1日から遷座祭 魚津神社が完成』より。
  3. ^ 『富山県神社誌』 - (1983年(昭和58年)11月10日、富山県神社庁発行)346頁。
  4. ^ 富山新聞』 - 1968年(昭和43年)9月18日付 朝刊10面『魚津神社に大鳥居』より。
  5. ^ 『北日本新聞』 - 1970年(昭和45年)8月1日付 朝刊(富山新川版)12面『魚津相撲場が完成』より。
  6. ^ 『北日本新聞』 - 1963年(昭和38年)9月20日付 朝刊7面『二千三百万円で新築 7年ぶりに解決の魚津神社』より。


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