高規格堤防 課題

高規格堤防

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/25 20:06 UTC 版)

課題

高規格堤防が抱える課題として、工事期間の長さと莫大な費用がかかることが挙げられる。

高規格堤防整備事業は、予算執行調査等において22年4月の時点で事業着手から24年が経過し、22年度当初予算までの累計事業費は6943億円。要整備区間延長872.6 kmに対して整備延長は50.8 kmで整備率は5.8%である。このままのペースで進むと仮定して単純計算すると、完成までに400年、累計事業費約12兆円を要するとされている。普及率が低い場合、堤防というインフラの性質上、高規格堤防と従来の堤防を混合して運用すると従来型の方に水が流れ被害が発生するので、一部だけ高規格堤防が存在しても効果は薄い[35]

ダムや高規格堤防を主体とした治水事業よりアーマー・レビー工法やインプラント堤防[36]を中心とした治水事業のほうが時間も費用もかなり節約できるとしている。だがいずれも国交省が後ろ向きだという[37]

止水シートとアスファルトで堤防全体を覆い越水と浸透を防ぐアーマー・レビー工法については、加古川など試験的に施工されているところもあるが、被覆するために堤防内部の土砂流出の有無が確認できない等の課題があり、まだ研究段階で技術が確立されていないのが現状である[38]

インプラント堤防は地中に鋼矢板や鋼管杭など剛性の高い許容構造部分を地中に連続して打ち込んだ堤防である。海外での施工事例は多いものの、日本では国交省所管の河川堤防では「土堤原則」を理由にインプラント工法は採用されていない[39]

なお、国交省は堤防補強に鋼矢板などを全く使用していない訳ではない。

1996年ごろから直轄河川では河口付近の堤防には大地震時の対策として堤防補強に深層混合処理工法(DJM工法)[40]やCDM[41]、格子状地盤改良工法(TOFT工法)[42]などとともに排水機能付鋼矢板工法つまり長尺のドレーン付鋼矢板を打ち込む対策も講じている[43][44]

また、水閘門樋門・樋管の工事において堤防開削が伴う場合に、鋼矢板での仮設締切構築も行われる。例えば茨城県古河市利根川の国直轄事業「H28釈水水門新設工事」では、鋼矢板二重式仮締切で堤防を185 m開削しており[45]、その仮締切の状態で利根川の水位が上昇した2017年の台風21号[注釈 8]や、工事現場近くに所在する埼玉県久喜市の栗橋水位観測所で氾濫危険水位を超過し、堤防が耐えられる水位の高さの上限である計画高水位9.90 mに迫る9.61 mを記録[46]した令和元年東日本台風(2019年の台風19号)に見舞われたが、氾濫や決壊はなく堤防に代わって治水効果を発揮し、令和2年3月30日に釈水水門が完成した[47]


注釈

  1. ^ 国と都のスーパー堤防整備事業の違いでのとおり、都の「スーパー堤防」の名の整備事業のほうが1985年(昭和60年)で先に進めている。その後、国の「高規格堤防」の名の整備事業のほうは1986年(昭和61年)河川審議会に「超過洪水対策及びその推進方策について」が諮問され、1987年(昭和62年)3月に審議会答申、これを受けて特定高規格堤防整備事業が創設され、1991年(平成3年)に高規格堤防の円滑な整備の推進を図るために河川法が改正されるに至る(街づくりと高規格堤防 (PDF) )。
  2. ^ 利根川中下流と江戸川上流は2010年10月の事業仕分けから廃止されたままだが、大抵の重要水防箇所はすでに整備済みであった。後述の実施地区も参照
  3. ^ 当時は新元号制定前であったため、正しくは「平成40年度」予定。
  4. ^ 当時は新元号制定前であったため、正しくは「平成35年度」予定。
  5. ^ 当時は新元号制定前であったため、正しくは「平成40年度」予定。
  6. ^ 「カミソリ堤とは、コンクリートでつくられた幅がせまく、法面の勾配が急な堤防のことをいう。通常、堤防は材料の調達、修復のしやすさなどの理由から、土でつくるのを原則としておるが、多摩川原橋から下流左岸の堤防はカミソリ堤となっておる。これからは安全上見直していく方針じゃ。」[28]
  7. ^ 国土交通省利根川上流河川事務所は、渡良瀬遊水地を含む渡良瀬川下流13.5km、思川下流3km、巴波川4.2kmも所管である[29]
  8. ^ この2017年の台風21号は、気象庁が名称を定めるほどの顕著な災害を起こした台風ではないが、大雨インパクト指数が大きい台風で、1991年以降で初めて「超大型」の状態で日本に上陸した台風である。

出典

  1. ^ 治水の手法2 国土交通省
  2. ^ 隅田川的ビフォーアフター - 入江三宅設計事務所
  3. ^ http://g.kyoto-art.ac.jp/reports/1856/
  4. ^ 防災を考える-第八回 東京都におけるスーパー堤防整備
  5. ^ 隅田川水辺空間等再整備構想 - 墨田区
  6. ^ "堤防のリノベーション [木津川遊歩空間「トコトコダンダン」"]
  7. ^ a b 高規格堤防の見直しに関する検討会 (2011年8月11日). “高規格堤防整備の抜本的見直しについて(とりまとめ)” (PDF). 国土交通省. 2012年1月24日閲覧。
  8. ^ 治水施設のいろいろ 高規格堤防| 利根川上流河川事務所 | 国土交通省 関東地方整備局 - 2023年12月29日閲覧。
  9. ^ 「事業仕分け第3弾 平成22年10~11月実施」 国立国会図書館が保存した2015年5月1日時点のページ
  10. ^ 高規格堤防の見直しに関する検討会
  11. ^ a b 読売新聞 2012年1月20日 13S版36面
  12. ^ 「大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する会計検査の結果について 「要旨」5ページ(イ)会計検査院 2012年1月19日
  13. ^ 東京都世田谷区の多摩川氾濫は無堤防区間で氾濫。住民の合意難航…50年以上、無堤防状態 多摩川氾濫の東京・二子玉川 産経新聞 2019年10月25日
  14. ^ 荒川南部環境センター.熊谷市HP.2024年3月28日閲覧。
  15. ^ a b c 8月10日 荒川北縁堤防巡視.熊谷市議会議員・林さちこ公式ブログ.2024年3月28日閲覧。
  16. ^ a b 治水橋付近で調査/さいたまに高規格堤防.日本工業経済新聞社.2024年3月28日閲覧。
  17. ^ ごみ処理施設の概要.上尾市Webサイト.2024年3月28日閲覧。
  18. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 河川防災ステーション一覧 <直轄河川(令和5年4月現在)>.国土交通省.2023年12月19日閲覧。
  19. ^ a b c d e f g  高台まちづくり.国交省荒川下流河川事務所.2024年3月28日閲覧。
  20. ^ a b 千葉県立関宿城博物館 - 2023年12月29日閲覧。
  21. ^ a b c d e f g h i j k l m 利根川沿川市街地における高規格堤防整備の検討過程と現状 - 土木学会.2023年12月25日閲覧。
  22. ^ はにゅう | 道路 | 国土交通省 関東地方整備局.国土交通省関東地方整備局.2021年10月7日閲覧。
  23. ^ 飯積遺跡(加須市)公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団.2021年10月7日閲覧。
  24. ^ 大越船橋(現・埼玉大橋)1896-8 - 土木学会附属土木図書館
  25. ^ 内閣府防災 第1章 カスリーン台風と利根川流域 p27
  26. ^ 内閣府防災 第1章 カスリーン台風と利根川流域 p38 コラム7 カミソリ堤.内閣府.2022年1月21日閲覧。
  27. ^ a b 望月崇, 島正之, 篠田裕「隅田川における防潮堤の建設史」『土木史研究』第18号、土木学会、1998年、545-552頁、doi:10.2208/journalhs1990.18.545ISSN 0916-7293NAID 130004038483 
  28. ^ あばれ多摩川発見紀行 - 国土交通省
  29. ^ 出張所管理区間 | 利根川上流河川事務所 | 国土交通省 関東地方整備局 - 2023年12月30日閲覧。
  30. ^ 三国橋の右岸300 mのところで堤防が決壊。第2章 カスリーン台風と渡良瀬川流域 第1節 渡良瀬川流域と土砂の流出
  31. ^ 古河ゴルフリンクス 火曜日18Hスループレー5000円が大人気.日刊ゲンダイ.2024年4月25日閲覧
  32. ^ 「伊加賀切れ」の被害語り継ぐ 枚方で淀川の洪水展”. 産経新聞WEST (2015年10月25日). 2019年11月20日閲覧。
  33. ^ 淀川大塚切れ 国土交通省 淀川河川事務所
  34. ^ スーパー堤防全面開放と旧防潮堤記念碑除幕式 隅田川千住大橋地区”. 株式会社足立読売 (2017年3月29日). 2022年1月29日閲覧。
  35. ^ 会計監査員 大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する会計検査の結果について
  36. ^ 33 治水についての二つの理念
  37. ^ 2019年10月17日発行東京新聞24-25面
  38. ^ 兵庫県ホームページ Q5 堤防強化にはどのような対策があるのか?
  39. ^ 「決壊しない堤防」は可能、インプラント工法の実践を 開発者・北村精男氏に聞く 『産経新聞』 2020年7月27日
  40. ^ DJM工法研究会 | TOP”. www.djm.gr.jp. 2022年1月29日閲覧。
  41. ^ CDM研究会”. www.cdm-gr.com. 2022年1月29日閲覧。
  42. ^ 格子状地盤改良工法(TOFT工法)の概要 - 浦安市
  43. ^ 例えば https://www.jisf.or.jp/info/event/dobokushinpo/documents/5_dobokushinpo24.pdf
  44. ^ 廣木謙三、貫名功二 阿武隈川報の大改修と元囲 土木技術 1999年7月号
  45. ^ 【現場最前線】100年以上前の堤防補強跡があらわに! 開削幅185mの釈水水門新設工事.建設通信新聞.2017年11月23日]
  46. ^ 令和元年東日本台風による洪水の発生状況.国土交通省関東地方整備局.2021年10月22日閲覧。
  47. ^ H28釈水水門新設工事.国土交通省関東地方整備局 利根川上流河川事務所.2021年10月22日閲覧。


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