訓民正音 制字原理

訓民正音

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/29 02:01 UTC 版)

制字原理

訓民正音では音節構造を3つの部分に分けて分析する。すなわち音節初めの頭子音を表す部分を初声、音節の中心となる母音部分を中声、音節末子音を表す部分を終声という。各部分にそれぞれ字母が設けられ、初・中・終の字母を組み合わせることによって1つの音節を表す1つの文字が作られた。字母は17の初声字と11の中声字が設けられているが、その運用によってより多くの音を表した。

なお初声字の基本17字とそれを並書した6字を合わせた23字は中国音韻学五音三十六字母の体系と符合するように作られており、『東国正韻』(1448年)での漢字音表記と対応している。

初声

五音 象形 基本字 加画字 異体字
牙音 舌根が喉を閉じる形
舌音 舌が上あごに付く形 (半舌)
唇音 唇の形  
歯音 歯の形 (半歯)
喉音 喉の形  
  • 並書 - 初声字母を組み合わせて複合字母を作ること。
    • 各自並書 - 同じ初声字母を重ねて並べること。実際の朝鮮語の表記には特殊な場合を除いてあまり使われなかった。
    • 合用並書 - 異なる初声字母を2、3字並べること。当時の文献に現れる合用並書は以下の通り。通説では系は硬音を、系は二重子音を、系は+硬音の二重子音を表したと考えられている。
      • 系 - ㅺ, ㅼ, ㅽ, (ㅻ)
      • 系 - ㅲ, ㅄ, ㅳ, ㅶ, ㅷ
      • 系 - ㅴ, ㅵ
  • 連書 - 唇音字の下に喉音字を連ねること。唇が軽くしか触れずに発音される音を表す。実際の朝鮮語音の表記に使われたのはのみであり、後は漢字音表記にしか使われなかった。また合字解には舌が軽くしか触れないが設けられているが、実際に使われた例は見あたらない。
    • 唇軽音字 - ㆄ ㅹ ㅱ
    • (半舌軽音字 -

中声

陰陽 象形 基本字 初出字 再出字
陽性 , ,
陰性 , ,
中性    

このうち ㆇ, ㆊ, ㆈ, ㆋ の四字は『東国正韻』の漢字音表記に使われただけで、朝鮮語音の表記には使われなかった。また合字解に [jʌ], [jɯ] が設けられているが、国語で用いられることはなく、方言や子供の言葉に現れる場合があると書かれている。

終声

終声のためだけに別に字母が作られることはなく初声字がそのまま運用された。終声への字母の運用には以下の2つの相反する原則がある。

  • 終声復用初声 - 例義篇に書かれている。2つの意味があり、制字上は初声字をそのまま用いて別に字母を作ることがないという原則であり、運用上はすべての初声字を終声に用いることができるという原則である。現在のハングル正書法はこれに従う。
  • 8終声可足用 - 解例篇の終声解に書かれている。終声に用いる字母は, , , , , , , の8つで足りるという運用上の原則である。終声の音価に対して表音主義的な表記法であり、朝鮮語綴字法統一案1933年)以前はこちらが使われることが多かった。

なお合用並書には、, ㅧ, , , , が当時の文献に現れている。

合字

  • 附書 - 初声字への中声字の付け方をいう。
    • 下書法 - ㆍ, ㅡ, ㅗ, ㅜ, ㅛ, ㅠは初声字の下に付す。
    • 右書法 - ㅣ, ㅏ, ㅓ, ㅑ, ㅕは初声字の右に付す。
  • 成音 - 1音節を表す1つの文字として組み立てること。
    • 凡字必合而成音 - 例義に書かれている規則。すべての字母は他の字母と結合しなければ音を表さないという原則を表す。
    • 初中終三声合而成字 - 解例の合字解に書かれている規則。初・中・終の3声が結合されて1つの字が作られるという原則を表す。なお終声字は初中を合わせた字の下に置かれた。終声が存在せず、音節が母音で終わる場合、終声字は省略されるのが通常であるが、『東国正韻』の漢字表記ではが用いられた。
  • 加点 - 傍点と呼ばれる点を字の左横につけ、声調(中国音韻学からの借用語であるが、中国語と違って中期朝鮮語においては高低アクセントを表したと考えられる)を表す。
声調 傍点 訓民正音 性質 合字解の例
平声 なし 安而和、春、万物舒泰 低調 (弓)
上声 二点 和而挙、夏、万物漸盛 低高調 (石)
去声 一点 挙而荘、秋、万物成熟 高調 (刀)
入声 一定せず 促而塞、冬、万物閉蔵 /ㄱ, ㄷ, ㅂ, ㅅ/で短く終わる音節 (柱) : (穀) ・(針)

歯頭音・正歯音を表す特殊字母

中国語漢字音の歯音には朝鮮語にない歯頭音(舌先と上歯茎で調音される歯音)と正歯音(舌先を下歯茎につけたまま盛り上げた舌と上歯茎で調音される歯音)の区別があった。『訓民正音』では歯音字の字形に差異を持たせることでこれを表記しようとした。この部分は諺解本にのみ言及があり、解例本には記載されていない。これらの字母は崔世珍の『四声通解』(1517年)で使用されている。訓民正音の歯頭音と正歯音の項目も参照。

  • 歯頭音 - ᅎ, ᅔ, ᅏ, ᄼ, ᄽ
  • 正歯音 - ᅐ, ᅕ, ᅑ, ᄾ, ᄿ

特殊字母

方言音や外来音を表記する場合には、以上のような制字原理に従わずに字母が組み合わされることがあった。中声字(母音)において陽母音と陰母音を組み合わせたり、短棒の数がちがうものを組み合わせることはできないが、その原則に反してᅶ, ᅷ, ᅸ, ᅹ, ᅺ, ᅻ, ᅼ, ᅽ, ᅾ, ᅿ, ᆀ, ᆁ, ᆂ, ᆃ, ᆆ, ᆇ, ᆉ, ᆊ, ᆋ, ᆌ, ᆍ, ᆎ, ᆏ, ᆐ, ᆓ, ᆕ, ᆖ, ᆗ, ᆚ, ᆛ, ᆜ, ᆝ, ᆟ, ᆠ, ᆢといったものが使われることがあった。また外来語の子音表記において特殊な字母の組み合わせが作られる場合があり、古くは満州語の表記にが使われたり、近代では英語の[f]や[v]を表すためにが使われたりした。


  1. ^ 世宗実録 二十五年(1443年) 102卷 25年 12月 30日 庚戌の条
    是月、上親制諺文二十八字、其字倣古篆、分為初中終聲、合之然後乃成字、凡干文字及本國俚語、皆可得而書、字雖簡要、轉換無窮、是謂訓民正音。
  2. ^ 世宗実録 二十八年(1446年) 113卷 28年 9月 29日 甲午の条
    是月、訓民正音成。御製曰: 國之語音、異乎中國、與文字不相流通、故愚民有所欲言、而終不得伸其情者多矣。 予為此憫然、新制二十八字、欲使人易習、便於日用耳。
    ㄱ牙音 如君字初發聲、竝書如蚪字初發聲。
    ㅋ牙音 如快字初發聲。
    ㆁ牙音 如業字初發聲。
    ㄷ舌音 如斗字初發聲、竝書如覃字初發聲。
    ㅌ舌音 如呑字初發聲。
    ㄴ舌音 如那字初發聲。
    ㅂ唇音 如彆字初發聲、竝書如歩字初發聲。
    ㅍ唇音 如漂字初發聲。
    ㅁ唇音 如彌字初發聲。
    ㅈ齒音 如即字初發聲、竝書如慈字初發聲。
    ㅊ齒音 如侵字初發聲。
    ㅅ齒音 如戌字初發聲、竝書如邪字初發聲。
    ㆆ喉音 如挹字初發聲。
    ㅎ喉音 如虚字初發聲、竝書如洪字初發聲。
    ㅇ喉音 如欲字初發聲。
    ㄹ半舌音 如閭字初發聲。
    ㅿ半齒音 如穰字初發聲。
    ㆍ如呑字中聲 ㅡ如即字中聲 ㅣ如侵字中聲 ㅗ如洪字中聲 ㅏ如覃字中聲
    ㅜ如君字中聲 ㅓ如業字中聲 ㅛ如欲字中聲 ㅑ如穰字中聲 ㅠ如戌字中聲 ㅕ如彆字中聲。 終聲復用初聲。 ㅇ連書唇音之下 則為唇輕音 初聲合用則竝書。 終聲同。ㆍㅡㅗㅜㅛㅠ附書初聲之下、ㅣㅓㅏㅑㅕ附書於右。 凡字必合而成音 左加一點則去聲 二則上聲 無則平聲。入聲加點同而促急。
  3. ^ 井上角五朗と『漢城旬報』『漢城周報』 : ハングル採用問題を中心に筑波大学 稲葉継雄
  4. ^ 姜在彦『日本による朝鮮支配の40年』朝日文庫
  5. ^ 姜在彦『朝鮮の歴史と文化』明石書店
  6. ^ 崔基鎬『韓国 堕落の2000年史』祥伝社
  7. ^ 水間政憲『朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実』徳間書店 2010年。p150、ISBN 978-4-19-862990-8
  8. ^ Third Meeting of the International Advisory Committee of the "Memory of the World" Programme (CII-97/CONF.502.1)” (Microsoft Word Document). UNESCO, Information and Informatics Division. pp. 8 (1997年10月). 2007年11月10日閲覧。
  9. ^ 東亜日報「最高のコレクション、澗松美術館」2002年5月21日(日本語)
  10. ^ 解例序による
  11. ^ 趙義成「訓民正音」東洋文庫800, 2010.
  12. ^ ‘조선왕조실록’의 번역 国民日報 (2012.01.10) の記事を参照






訓民正音と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「訓民正音」の関連用語

訓民正音のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



訓民正音のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの訓民正音 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS