見かけの等級 見かけの等級の概要

見かけの等級

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/05 04:50 UTC 版)

見かけの等級が付された小惑星キュベレーと2つの恒星

概要

高倍率での眼視観測の限界等級[2]
望遠鏡の口径(mm) 限界等級
35 11.3
60 12.3
102 13.3
152 14.1
203 14.7
305 15.4
406 15.7
508 16.4

等級は対数スケールで表される。すなわち、その天体が明るいほど、その等級の数値は小さくなる。たとえば、+2.0等星と+3.0等星とでは、より数値の小さい前者のほうが明るく見える。非常に明るく見える天体は、見かけの等級の値が負となっている。例えば、金星の見かけの等級は−4.2等、シリウスの見かけの等級は−1.46等である。暗い夜に肉眼で見える最も暗い星の見かけの等級は+6.5等くらいとされるが、これは視力や高度、大気の状態によって異なる[3]。既知の天体の見かけの等級は、太陽の−26.7等から、ハッブル宇宙望遠鏡の画像内の天体の+30等までの範囲に及ぶ[4]。ある天体が別の天体より5等級「高い」と測定された場合、それは100倍「暗い」ことを意味する。2つの天体の等級の差1.0がであれば、明るさの比は5100(100の5乗根)、約2.512に相当する。例えば、2.0等星は3.0等星よりも約2.512倍明るく、7.0等星よりも100倍明るいということとなる。

見かけの等級を測定することを測光と呼ぶ。天体からの光は、波長によってその強さが異なり、その値はどの波長帯(バンド)で測るのかによって異なる。そのため、測光観測や撮像観測の際に標準的に使われる波長帯が定められており、測光システム(測光系)と呼ばれる。測光システムでは、紫外可視光赤外などの波長帯域で、中心となる波長やフィルタの透過特性が定められている。代表的なものに、ジョンソンのUBVシステム(UBVシステム)やSDSSのu', g', r', i', z' システムなどがある[5]

絶対等級は、天体の見かけの明るさではなく、天体の固有の明るさを表す尺度であり、同じく逆対数スケールで表される。絶対等級は、星やその他の天体が観測者から10 パーセク (pc) 、すなわち約32.6光年の距離から観測した場合の見かけの等級、と定義されている。単に「等級」とだけ書かれている場合、絶対等級ではなく見かけの等級を指す。

見かけの等級は、「実視等級 (visual magnitude)」と混同されることがあるが、これらは異なる概念で定義される等級である[6]。実視等級は「緑から黄色にかけて感度の高いヒトの肉眼で見た明るさで定められた等級[6]」であり[6]、ヒトの肉眼よりも青い波長に強い感度を持つ写真乾板の撮像から得られた「写真等級 (photographic magnitude)」と区別するために使われた。後に、実視等級もフィルタに補正をかけた写真観測で得られるようになり、これは「写真実視等級 (photovisual magnitude[7])」と呼ばれた[8]

歴史

等級スケール

等級スケールは、肉眼で見える星を6つの階級に分割したヘレニズム期からの慣習に遡る。夜空で最も明るい星は1等星 (m = 1) 、最も暗い星は6等星 (m = 6) とされていた。6等星は、望遠鏡等の観測機器の助けなしでの人間の視覚の限界である。等級ごとに次の等級の明るさの2倍(対数目盛)と考えられていたが、当時は光検出器が存在しなかったため、各等級の比率は主観的なものであった。このやや粗雑な星の明るさの尺度は、プトレマイオスが著書『アルマゲスト』の中で広めたもので、ヒッパルコスが起源であるとされることが多い。ヒッパルコスのオリジナルの星表が失われているため、この説を証明も反証もできない。ただし、ヒッパルコス自身が遺した唯一のテキスト(アラトスの注釈)では、常に「大きい」「小さい」とか、「明るい」「かすかな」とか、あるいは「満月でも見える」などの表現が使われており、ヒッパルコスは明るさを数字で表すシステムを持っていなかったことがはっきりと見て取れる[9]

19世紀の半ばにジョン・ハーシェルによって、1等星は6等星の約100倍の明るさであることが発見された[10]。1856年に、ノーマン・ロバート・ポグソンは、1等星は6等星よりも正確に100倍明るいと定義し、現在でも使用されている対数スケールを確立した。ポグソンは、等級mの星は等級m + 1の星のよりも5100倍、つまり約2.512倍明るいとするシステムを構築した[10][11]。100の5乗根であるこの比は「ポグソン比」として知られるようになった。恒星の見かけの等級をm、見かけの明るさをlとしたとき、2つの恒星の等級の差と明るさの比は、「ポグソンの式」と呼ばれる以下の関係式で表される[12]

等級の原点

見かけの等級 ベガとの
明るさの比
夜空でこの等級よりも
明るく見える恒星の数
眼視可能か否か
−1.0 251 % 1(シリウス Yes
0.0 100 % 4
1.0 40 % 15
2.0 16 % 48
3.0 6.3 % 171
4.0 2.5 % 513
5.0 1.0 % 1602
6.0 0.4 % 4800
6.5 0.25 % 9100
7.0 0.16% 14000 No
8.0 0.063 % 42000
9.0 0.025 % 121000
10.0 0.010 % 340000

ポグソンの式によって天体の明るさを相対的に比較することが可能となったが、それぞれの天体の等級を定めるには原点を定める必要がある。等級の原点を定めるために何を基準とするかは、観測技術の発達に伴って変遷してきた。

1884年にエドワード・ピッカリングは、北極星であるこぐま座α星を2.0等と定義して、天体の明るさの基準とした[13]。しかし、こぐま座α星がわずかに変光することが知られてから後は、こぐま座λ星を6.5等と定義し直して、多数の北極標準星野の暗い星の観測が行われた[13]。そして、1922年の第1回国際天文学連合総会において、北極標準星野の96個の星の国際写真等級 (IPg) と国際写真実視等級 (IPv) が定められ、原点とされた[13]。これは、国際式PgPvシステムと呼ばれる[13]

1953年、ハロルド・レスター・ジョンソンは、北極標準星野の恒星が星間物質による赤化を受けていることなどから、彼の提唱するUBVシステムでは等級の原点を以下のように定め直した。

各波長の0等級がどれだけの放射流束密度に対応するかは、星のスペクトルエネルギー分布(SED)を測って決められる。ベガは最も高い精度でSEDが測定されていたことから、ベガのSEDを基に等級と放射流束密度の対応が定められた[13]。このような背景からベガ等級という通称で呼ばれる[15]。この通称とベガの見かけの等級が0等級に非常に近いことから「ベガの見かけの等級を0等級と定めたもの」と誤解されがちだが、UBVシステムの等級の原点は上記のように定義されており、実際にはベガの見かけの等級は、U = 0.02等、B = 0.03等、V = 0.03等と、0等級からわずかに外れた値となっている[13]。このわずかな補正を除けば、ベガの明るさは、可視光と近赤外の波長では0等級の定義として機能しており、そのスペクトルエネルギー分布 (SED) は、11000 K黒体のそれに近い。しかし、赤外線天文学の登場によって、ベガの放射には、おそらく高温の(ただし星の表面よりもはるかに冷たい) ダストからなる星周円盤を原因とする赤外超過が含まれていることが明らかとなった。可視光などのより短い波長ではダストからの放射は無視できるが、等級のスケールを赤外線より長い波長まで適切に拡張するためには、ベガのこの特徴が等級の定義に影響を与えるべきではない。そこで、星周円盤からの放射が混入しない11000 Kの理想的な恒星表面の黒体放射曲線に基づいて、全波長への等級スケールが推定された。これに基づいて、波長の関数として、ゼロ等級の分光放射照度 (通常はジャンスキー (Jy) で表される)を計算することができる。

ベガ等級は、ベガのSEDを反映しているため、異なる波長帯での光度を比較するには不便であった。そのため、特定の天体のSEDではなく、各波長帯において一定の値の放射流束密度を原点とする方式が考案された[16]。最も広く使用されているのはAB等級 (AB magnitude, monochromatic magnitude) [17]で、各波長帯での0等級に相当する放射流束密度3630 Jy(正確には103.56 Jy)と定めたものである[16][18]。AB等級では、Vフィルタの帯域にある波長548.0 nmのとき、0.03等でベガ等級と一致するように定義されている[16][18]


  1. ^ 見かけの等級”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年3月12日). 2020年6月8日閲覧。
  2. ^ North, Gerald; James, Nick (2014). Observing Variable Stars, Novae and Supernovae. Cambridge University Press. p. 24. ISBN 9781107636125. https://books.google.com/books?id=IzoDBAAAQBAJ&pg=PA24 
  3. ^ Curtis, Heber Doust (1903). “On the limits of unaided vision”. Lick Observatory Bulletins 2: 67-69. Bibcode1903LicOB...2...67C. doi:10.5479/ADS/bib/1903LicOB.2.67C. ISSN 0075-9317. 
  4. ^ Matthew, Templeton (2011年10月21日). “Magnitudes: Measuring the Brightness of Stars”. American Association of Variable Stars (AAVSO). 2019年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月19日閲覧。
  5. ^ 測光システム”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2019年8月25日). 2020年6月12日閲覧。
  6. ^ a b c 実視等級”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2019年10月3日). 2020年6月8日閲覧。
  7. ^ 『文部省 学術用語集 天文学編』(増訂版)日本学術振興会、1994年11月15日、113頁。 
  8. ^ 写真等級”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年3月8日). 2020年6月14日閲覧。
  9. ^ Hoffmann, Susanne M. (2017-06-26). Hipparchs Himmelsglobus: Ein Bindeglied in der babylonisch-griechischen Astrometrie?. Springer-Verlag. ISBN 978-3-658-18683-8. https://books.google.com/books?id=bbwpDwAAQBAJ 
  10. ^ a b Derek, Jones (1968-7). “Norman Pogson and the Definition of Stellar Magnitude”. Astronomical Society of the Pacific Leaflets 10 (469): 145-152. Bibcode1968ASPL...10..145J. 
  11. ^ Pogson, N. (1856). “Magnitudes of Thirty-six of the Minor Planets for the First Day of each Month of the Year 1857”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 17 (1): 12-15. Bibcode1856MNRAS..17...12P. doi:10.1093/mnras/17.1.12. ISSN 0035-8711. 
  12. ^ ポグソンの式”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年7月2日). 2020年6月9日閲覧。
  13. ^ a b c d e f g 市川隆 (1997-01). “標準測光システム”. 天文月報 (日本天文学会) 90 (1): 23-28. ISSN 0374-2466. https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1997/pdf/19970103c.pdf 2018年5月15日閲覧。. 
  14. ^ Johnson, H. L.; Morgan, W. W. (1953). “Fundamental stellar photometry for standards of spectral type on the revised system of the Yerkes spectral atlas”. The Astrophysical Journal 117: 313-352. Bibcode1953ApJ...117..313J. doi:10.1086/145697. ISSN 0004-637X. 
  15. ^ ベガ等級”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年3月12日). 2020年6月8日閲覧。
  16. ^ a b c 谷口義明 編 『新・天文学事典』講談社〈ブルーバックス〉、2013年3月20日、731-732頁。ISBN 978-4-06-257806-6 
  17. ^ Oke, J. B.; Gunn, J. E. (1983). “Secondary standard stars for absolute spectrophotometry”. The Astrophysical Journal 266: 713-717. Bibcode1983ApJ...266..713O. doi:10.1086/160817. ISSN 0004-637X. 
  18. ^ a b AB等級”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2019年2月5日). 2020年6月8日閲覧。
  19. ^ Magnitude Arithmetic”. Weekly Topic. Caglow. 2012年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月30日閲覧。
  20. ^ IAU Inter-Division A-G Working Group on Nominal Units for Stellar & Planetary Astronomy (13 August 2015). “IAU 2015 Resolution B2 on Recommended Zero Points for the Absolute and Apparent Bolometric Magnitude Scales”. Resolutions Adopted at the General Assemblies. arXiv:1510.06262. Bibcode2015arXiv151006262M. https://www.iau.org/static/resolutions/IAU2015_English.pdf 2019年5月19日閲覧。. 
  21. ^ Evans. “Some Useful Astronomical Definitions”. Stony Brook Astronomy Program. 2011年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月12日閲覧。
  22. ^ Huchra. “Astronomical Magnitude Systems”. Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics. 2018年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年7月18日閲覧。
  23. ^ Schulman, Eric; Cox, Caroline V. (1997). “Misconceptions about astronomical magnitudes”. American Journal of Physics 65 (10): 1003-1007. Bibcode1997AmJPh..65.1003S. doi:10.1119/1.18714. ISSN 0002-9505. 
  24. ^ Umeh, Obinna; Clarkson, Chris; Maartens, Roy (2014). “Nonlinear relativistic corrections to cosmological distances, redshift and gravitational lensing magnification: II. Derivation”. Classical and Quantum Gravity 31 (20): 205001. arXiv:1402.1933. Bibcode2014CQGra..31t5001U. doi:10.1088/0264-9381/31/20/205001. ISSN 0264-9381. 
  25. ^ Hogg, David W.; Baldry, Ivan K. (17 October 2002). "The K correction". arXiv:astro-ph/0210394


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