前立腺癌 前立腺癌の概要

前立腺癌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/01 10:22 UTC 版)

前立腺癌
概要
診療科 腫瘍学, 泌尿器科学
分類および外部参照情報
ICD-10 C61
ICD-9-CM 185
OMIM 176807
DiseasesDB 10780
MedlinePlus 000380
eMedicine radio/574
Patient UK 前立腺癌
MeSH D011471

歴史

前立腺がんは従前より、世界全体にて非常に発生率が高く、黒人白人の発生頻度が著しい。そのため、米国における男性罹患率は1位、死亡数2位と最も罹患数の高いがんの一つとなっている[5]アジアは人種・環境の両要素にて最も罹患率の低い地域であり、日本では、1950年(昭和25年)当時国内の前立腺がんによる死亡率は男性のがん死全体の0.1%とされ、長らく米国の1/10~1/20の割合と云われてきた[6]。だが日本国内においてもその後、患者数は増加の一途を辿ることとなる。

国立がんセンターによる前立腺がん統計調査においては、1975年(昭和50年)当初およそ年間約2,000人であった罹患者数が2019年(令和2年)には年間94,748人まで急激に増加している。2019年統計では、国内において男性の部位別がん罹患数は首位(2位は大腸がん、3位は胃がん)であるが、2020年(令和3年)男性の部位別がん死亡数は12,759人の7位となっている[7]

前立腺癌の増加

アメリカでの男性のがん発生比率(2008年)[8]。前立腺癌は全体の25%を占めている。

前立腺癌は癌の中では進行性が遅く、生存率・治癒率は高いうえ、予後も他の癌に較べると大変よい。日本において45歳以下での罹患は家族性以外はまれで、50歳以降に発症する場合が多い。その割合は年を追うごとに増加し、80歳以上においては、実に半数以上の日本人男性が潜在性の前立腺癌を有するとされる[5]米国では男性の約20%が生涯に前立腺がんと診断され[9]、同一人種間の日本と欧米での患者割合の差は食生活、とりわけ米国では脂質摂取量が日本の倍以上ある[10]ことが大きな要因ではないかと指摘される。日本国内においても食生活の欧米化[11]により、近い将来日本においても男性癌死亡者の上位となることが予想されている。また韓国でも経済成長に伴う食生活の変化により前立腺癌の死亡率は上がりつつある[12]

また、前立腺液に含まれるたんぱく分解酵素であるPSAのスクリーニング検査は近年普及傾向にあり、そのため前立腺癌が発見される確率も高くなっているが、一方でPSA検査は会社や地方自治体における検診で必須項目になっておらず通常はオプション扱いであり、受診するには自費負担となっている[13]。このためPSA検査まで受けず定期検診を受けて安心しきり、自覚症状が出てから前立腺癌に気づいてすでに進行している状態だった例も多い[13]。このため今後、定期検診の中にPSA検査を組み込む自治体や健康保険組合が増加することが期待されている[13]。一般に腫瘍マーカーとしてPSAの信頼度は高いとされており、正常値は4ng/ml以下程度とされている[14][15]

原因

医薬品
痤瘡(にきび)のためテトラサイクリンを4年以上使用した男性は前立腺癌の相対リスクが1.70倍で有意に高く、アクネ菌英語版感染が原因として疑われていた[16]。2017年の大規模な集団ベースの前向きコホート研究においても思春期痤瘡は前立腺癌(進行期疾患)のハザード比が2.37倍、重度痤瘡診断ではハザード比が5.70倍で有意に高かった[17]
食事
同一人種の居住地域による罹患率の差から、食事が原因の一つと考えられている。高脂肪の食事は前立腺癌のリスクとなる。乳製品の摂り過ぎも前立腺癌のリスクを高めるといわれる[18]。日本の国立がん研究センターが4万3000人を追跡した大規模調査でも、乳製品の摂取が前立腺癌のリスクを上げることを示し、カルシウム飽和脂肪酸の摂取が前立腺がんのリスクをやや上げることを示した[19]。牛乳は、IGF-1を介して前立腺癌リスクを上げることが報告されている[20]
人種
黒人白人アジア人の順に頻度が高い。
遺伝
若年例では家族性の前立腺癌が存在する。また、血縁に前立腺癌がある場合、前立腺癌の罹患率が上がることが知られている。血縁においては父親か兄弟の一方に前立腺癌にかかった人がいると本人がかかる危険性が2倍になり、1親等(父親)と2親等(祖父・兄弟)の両方に前立腺癌にかかった人がいると危険性は約9倍にも上昇する[21]
感染
レトロウイルスであるXMRVによる感染と前立腺癌との関連が研究されている[22]
年齢
前立腺癌は60歳から増え始め、70歳以上で最も多くなり、加齢と共に発生率が急カーブで上昇することが顕著になる[21]。ただし家族性の前立腺癌、すなわち遺伝では40歳代で発症する例も多い[21]
生活
長時間の自転車、バイク、乗馬などは、サドルや馬の背に跨って前立腺の組織が集中する会陰部を圧迫刺激してPSAが漏出する可能性があるため、好ましくない[23][24]。英国NICEの統計では50歳を超えた場合1日1時間の乗車を習慣とするものは行わないものと比べ15%発生率が高かった。対策は穴あき(ポリス)サドルで改善する可能性があり実際に英国や米国都市部で交通警官が使用している。

注釈

  1. ^ 日本でPSA検査が普及し始めたのは、1990年ごろからであり、それ以前は前立腺酸ホスファターゼ (prostate acid phosphatase、略称:PAP) が用いられていたものの、感度は圧倒的に低かった。
  2. ^ びまん性に造骨性の骨転移を認め、PSA値も高値であり、臨床的には前立腺癌と考えられるが、種々の検査によっても、原発巣の悪性細胞を証明できない場合など。

出典

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