八番相撲 概説

八番相撲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/21 17:13 UTC 版)

概説

1960年7月場所以降、幕下以下の力士は原則として1場所に7番の相撲を取ることが規定され、割の組み方は以下の方式が原則とされている。

  • 初日・2日目のいずれかに1番相撲
  • 3日目・4日目のいずれかに2番相撲
  • 5日目・6日目のいずれかに3番相撲
  • 7日目・中日のいずれかに4番相撲[注 1]
  • 9日目・10日目のいずれかに5番相撲[注 1]
  • 11日目・12日目のいずれかに6番相撲[注 1]
  • 13日目・14日目・千秋楽のいずれかに7番相撲[注 2]

ただし休場者が出る等して出場力士が奇数になった場合、序ノ口の最下位付近に在位する力士の対戦日をずらして調整する[注 3]が、最終的にどうしても幕下以下の全力士に均等に7番の割を組めないことや、13日目以降に関取で休場者・再出場者が出て関取の出場者が奇数から偶数、または偶数から奇数に変わり、十両対幕下の取組が組めなくなる場合がある。その場合、すでに7番取り終えた力士を選び、例外的に割を組む。この場合、その力士が8番目の相撲に勝った場合は「勝ち得」と言い、翌場所の番付編成上勝ち星として評価され、負けた場合は「負け得」と言い、黒星として扱われない。ただし、0勝7敗の力士が8番相撲を取り、負けた場合は「負け得」が適用されず0勝8敗となる(後述参照)。以下にこれらの具体な処遇の例を述べる。

  • 2001年7月場所では東幕下筆頭の須磨ノ富士が八番相撲に勝って3勝5敗とした際は、翌場所の番付は西幕下筆頭で3勝4敗だった錦風の東幕下6枚目(4枚半降下)に対し、須磨ノ富士は東幕下7枚目(6枚降下)と逆転した。
  • 2013年9月場所では東幕下4枚目の祥鳳が八番相撲に敗れて2勝6敗とした際は、翌場所の番付は東幕下5枚目で2勝5敗だった出羽疾風の西幕下14枚目(9枚半降下)に対し、祥鳳は西幕下12枚目(8枚半降下)と、黒星の数が多かった祥鳳の方が、下がり幅が少なかった。

すなわち、番付編成上の評価は「7番取って(n+1)勝の力士」>「八番相撲で勝って(n+1)勝の力士」>「7番取ってn勝の力士」=「八番相撲で負けてn勝の力士」とされる[注 4]。但し、当場所を初日から休場して途中出場、または途中休場して再出場した力士のうち、2番分以上を休場している力士に、13日目以降の3日間で2番の割が組まれた場合、その2番目の割は「八番相撲」としては扱われず、公式記録から「1休」が取り消され、番付編成上「7番取って勝数が等しい力士」と同等に評価される(後述)。

幕下以下の1場所7番制が導入された当初は、7番相撲を終えた時点で4勝3敗もしくは3勝4敗の力士に8番相撲が組まれ、最終成績が4勝4敗の「五分」となることも多く見られた。その具体例として、1972年1月場所に東幕下筆頭の渥美洋が4勝3敗から八番相撲を取り、負けて4勝4敗になったものの、負け得により番付編成上4勝3敗と同等の評価を受け、翌場所十両に返り咲いた。一方、翌1972年3月場所に東幕下筆頭に在位した青葉山が、3勝4敗から八番相撲を取り、勝って4勝4敗になった際は、翌場所も同地位に留置された。

平成以降は、7番相撲を終えた時点で5敗以上喫した幕下上位の力士か、序ノ口の力士が選ばれるケースが多く見られる。幕下上位で勝ち越しを決めた力士が選ばれた場合、十両昇進に有利に働くためと見られる。対して序ノ口の場合は、3勝4敗からの八番相撲の場合もあり、勝ち越しからの八番相撲も幕下上位ほど珍しくはない。また平成以降は、序ノ口では全出場力士が奇数になったために主に14日目に八番相撲が組まれるが、幕下では関取の13・14日目での休場で出場関取が1名余ったことによって主に千秋楽に八番相撲が組まれ、序ノ口と幕下で八番相撲が組まれる理由が異なるため、序ノ口と幕下の両方で八番相撲が組まれる場所もしばしばある(その中でも特に珍しい例については後述の#珍しい例を参照)[注 5]

1952年1月場所から同年9月場所までの三段目以下の力士、1953年3月場所から1960年5月場所までの幕下以下の力士は1場所に8番の相撲を取ることが原則であった。その時代には現在の八番相撲と同様の調整法として、幕下上位(1952年は三段目上位の力士)または序ノ口下位の力士に「九番相撲」が発生したこともあった。更にその前に遡ると、1949年5月場所から1951年9月場所までは幕内から序ノ口までの番付の全段で15日間毎日取ることを原則とし、その時期の出場人数の都合で取組が組めない場合の調整法としては、序ノ口下位の力士をやむを得ず1日休場させる(14番とする)ことが行われていた。


  1. ^ a b c 4番相撲以降は、1番相撲から連勝もしくは連敗した力士同士の割が優先的に組まれる傾向がある。
  2. ^ 6戦全勝同士及び6戦全敗(当場所未勝利)同士の割は、原則として13日目に組まれる。
  3. ^ 具体例として、2015年11月場所に序ノ口最下位(西24枚目)に在位した服部桜は、5日目にも6日目にも3番相撲の割が組まれず、7日目に(3番相撲を終えた力士と)3番相撲の割が、中日に4番相撲の割が、それぞれ組まれた。
  4. ^ 例えば、2勝5敗からの八番相撲の場合、勝って3勝5敗となった場合は「勝ち得」として「負け越し2点」、つまり2勝5敗と3勝4敗の中間の評価として番付編成されるのに対し、負けて2勝6敗となった場合は「負け得」としてこの黒星は番付編成上無視され、2勝5敗の「負け越し3点」扱いで編成される。
  5. ^ 例えば、直近の例では、2024年3月場所で、13日目終了時点で出場者が奇数となった為、13日目に7番相撲を終えて2勝5敗だった序ノ口の森麗に八番相撲が組まれ、勝って3勝5敗となった。さらに大関貴景勝が14日目から休場し、千秋楽の出場者が奇数となった為、13日目に7番取り終えて2勝5敗だった幕下の天照鵬に八番相撲が組まれ、天照鵬が北磻磨に勝利し、勝ち得で3勝5敗となった。
  6. ^ 4度とも、七番相撲及び八番相撲の対戦相手は、番付外陥落回避のために13日目以降から出場した力士である。
  7. ^ 燁司は不戦敗により、十両以上で9例目となる15戦全敗の成績で現役最後の場所を終えた。
  8. ^ 1999年1月場所の番付は、西幕下4枚目で2勝5敗だった玉力道の東幕下17枚目(12枚半降下)に対し、豊桜は西幕下11枚目(10枚降下)と、豊桜の方が下がり幅が少なかった。仮に豊桜の6日目までの休場が黒星と同等に扱われた場合、当場所の豊桜は「負け越し4点」として評価され、玉力道より下がり幅が多くなるはずである。
  9. ^ 序ノ口では番付外への陥落を回避する力士が13日目から途中出場する傾向があるため、同様に「1休」が取り消されるケースは幕下上位ほど珍しくはない。直近の例としては、当時序ノ口に在位していた北薩摩(千賀ノ浦部屋)は、2015年11月場所で初日から休場して13日目から途中出場したが、13日目・14日目と割が組まれ1勝1敗。公式記録上は「1勝1敗5休」とされ、翌2016年1月場所の番付では前場所に序ノ口に在位して1勝6敗だった力士と同等に扱われた。さらに2018年5月場所でも、初日から12日まで休場していて13日目から途中出場し、同日終了時点で1勝6休となっていたが、13日目終了時点で出場者が奇数となった為、14日目に13日目以降の3日間で2番目となる割(前述のようにこれは八番相撲とは扱われない)が組まれ、それにも勝利し公式記録としては2勝5休(2勝5敗相当)となった。なおこの場所では十両朝弁慶が休場により14日目を不戦敗になり、千秋楽に割から外された為、幕下の天風に八番相撲が組まれたため、幕下上位の八番相撲と、終盤3日間で2番組まれて「1休」が取り消された序ノ口の割が、同じ場所で各1番発生した
  10. ^ この場所では13日目終了時点で出場者が奇数となった為、13日目で7番取り終えて1勝6敗だった大志龍に八番相撲が組まれ、敗れて1勝7敗(番付編成上1勝6敗扱い)となっており、結果的に幕下上位と序ノ口で各1名の力士が八番相撲を取った。また1番分の休場を含む幕下上位力士に八番相撲として13日目以降の3日間で2番目となる割が組まれたのは史上初だった。
  11. ^ 結果は若荒雄が勝ち、番付編成上5勝3敗(勝ち越し2点)として評価され、翌2008年11月場所では西十両7枚目に昇進した。
  12. ^ これは、十両平戸海が14日目の取組で負傷、千秋楽取組編成会議前に休場届を提出して「不戦敗なしの休場」となったため、千秋楽の関取の取組に出場する力士(十両力士と対戦する幕下力士含む)が1人減って奇数となった為、東幕下2枚目で2勝5敗だった對馬洋に八番相撲が組まれて十両の旭大星に勝利し3勝5敗となった。
  13. ^ 2013年7月場所で栃飛龍に勝利、2014年7月場所で希善龍に敗戦。
  14. ^ 前述した中園時代の2021年1月場所で常幸龍に勝利、島津海に改名後の同年7月場所で荒篤山に敗戦。


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