マクロライド系抗菌薬 薬理作用

マクロライド系抗菌薬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/06 17:43 UTC 版)

薬理作用

マクロライド系抗菌薬の活性は、化学構造上のマクロライド環に由来する。その大きさからグラム陰性菌が有する外膜を通過しづらく、グラム陽性菌と比してグラム陰性菌には効き難い傾向が見られる[4]

作用機序

14員環から16員環のマクロライド系抗菌薬の作用機序は、真正細菌が有する70Sリボゾームのサブユニットの1つ、50Sサブユニット英語版を構成する23S rRNA親和性を有する事が関係している[1]。23S rRNAはリボザイムとしてペプチジルトランスファーゼ反応英語版[注釈 4]を触媒するが[5]、ここにマクロライド系抗菌薬の分子が干渉することにより、ペプチジルトランスファーゼ反応が阻害され、一時的にタンパク質合成が妨げられる[1]。こうして、マクロライド系抗菌薬は基本的に静菌的に作用する[1]。すなわち、マクロライド系抗菌薬は細菌の増殖速度を低下させ、細菌に感染されてしまった側の真核生物が有する免疫系による細菌の排除速度の方が高くなることで感染が終息する。

なお、真核生物ドメインのリボゾームは、真正細菌ドメインのリボゾームとは構造が異なるため、ヒトを含め真核生物のタンパク質合成は阻害されない[注釈 5]。この結果、マクロライド系抗菌薬を真核生物に投与しても、選択毒性を発揮し、抗菌薬として使用できる。

ところで、抗菌薬を実際に感染症の治療に用いる場合には、その作用が「時間依存性か、濃度依存性か」が本質的に重要である。マクロライド系抗菌薬は、基本的に時間依存性の薬物と考えられている。つまり、最小発育阻止濃度よりも高い濃度を、長い時間にわたって保てば保つほど効果を発揮する。一方で、マクロライド系抗菌薬は基本的に静菌的に作用するため、最小発育阻止濃度以上に濃度を上げても効果が増すことはない一方、被投与者への悪影響が出易くなる。

逆に、最小発育阻止濃度を下回れば細菌の増殖は防げず、被投与者に全く悪影響が出ないとは言い切れないうえ、耐性菌出現の問題もある。よって、適切な用量を、適切な間隔で、適切な期間、使用しなければならない。

薬物動態

一般的にマクロライド系抗菌薬はヒトでの代謝や排泄が比較的速く、例えば、エリスロマイシンなどを経口投与で使用する場合には、頻回投与しなければ充分な効果を発揮しない。この欠点を補うため、一部のマクロライド系抗菌薬には徐放製剤も実用化された[注釈 6]

なお、ケトライドはヒトでの代謝や排泄は比較的遅く、テリスロマイシンの半減期が約10時間程度である。さらに、アザライドはヒトでの代謝や排泄が遅く、アジスロマイシンの半減期は60時間を超える。

また、マクロライド系抗菌薬は真核細胞内への浸透性が高いため、細胞内部に寄生する病原体に対しても有効である。

適応菌種

マクロライド系抗菌薬は、例えばペニシリンに比べて幅広い抗菌スペクトラム英語版を持ち、呼吸器軟部組織などの多くの細菌感染症に対して適応されてきた。例として、連鎖球菌肺炎球菌ブドウ球菌、そして腸球菌といった、グラム陽性菌による感染症が挙げられる[注釈 7]

ただし、マクロライド系抗菌薬に対して、かなり耐性化が進んでいる菌種も見られる。さらに効果の面で考えても、殺菌的に作用するペニシリンセファロスポリンなどの使用が優先される菌種もあり、それらに対してはペニシリンアレルギーなどの場合に代替的に処方されることがある。

一方で、マクロライド系抗菌薬にも「得意な」細菌が存在する。例えば、リケッチアクラミジアといった細胞内寄生菌に対しては、マクロライド系抗菌薬が真核生物の細胞内に入り込み易いために、比較的効果を発揮し易い[注釈 8]。また、マクロライド系抗菌薬の作用点が細胞壁ではないため、細胞壁を有さないマイコプラズマにも、効果を発揮する。加えて、細菌が細胞壁の材料として用いているペプチドグリカンへの依存が低い細胞壁を有した抗酸菌、殊に非定型抗酸菌に対しても、マクロライド系抗菌薬は効果を発揮する。

なお、ウイルス真菌には無効であり、原則としてマクロライドを含む抗菌薬は処方されない。

その他の適応

抗菌作用を狙う以外に、14員環マクロライド系抗菌薬のエリスロマイシンやクラリスロマイシンは、びまん性汎細気管支炎(DPB)に対して特効的な治療効果を有すると明らかされた。


注釈

  1. ^ ただし、15員環のアジスロマイシンは、14員環に窒素を人工的に導入して開発された経緯からアザライド(azalide)に分類する場合もある。
  2. ^ 通常はクラジノースかデソサミンが結合している。
  3. ^ 抗生物質抗菌薬は、厳密には異なる。抗生物質とは、人工合成の化合物ではなく、微生物が産生する天然物であり、他の微生物の発育を妨げる化合物群である。参考までに、抗生物質に当たる化合物群を、医薬品の分類で見ると、抗菌薬、抗真菌薬、抗ガン剤などに跨る。これに対して、抗菌薬とは、天然物・半合成・人工合成に関わらず、細菌に対して毒性を有しており、細菌の活動を抑えたり、細菌を殺す化合物群である。したがって、それぞれの化合物群の集合は、必要条件も充分条件も満たさず、イコールで結べない。
  4. ^ リボソームでタンパク質を合成するためにアミノ酸を運んできたtRNAが、リボソーム上で合成されつつあるタンパク質と一時的に結合した、ペプチジルtRNAが合成される反応
  5. ^ ただし、古細菌ドメインのリボソームも阻害されないため、古細菌には無効である。他に、真核生物である、真菌のリボソームも阻害されないため、真菌にも無効である。また、そもそも感染した生物の細胞が有するリボソームを乗っ取って利用するウィルスなどにも無効である。
  6. ^ 徐放製剤とは、消化管内で薬物を時間をかけて錠剤などから溶出させる方法で、その薬物が長時間にわたって消化管内へと供給されるようにデザインされた製剤である。このため、その薬物が腸管の広い範囲で吸収可能な薬物であった場合には、次々と体内へと吸収されて、体内への薬物の供給が続く。これにより、先に体内へと吸収された薬物が、代謝によって失活したり、排泄によって消失したりしても、新たに薬物が吸収されてくるので、結果として、長時間にわたって薬物が作用する。マクロライド系抗菌薬の徐放製剤の例として、日本では認可されていないものの、クラリスロマイシンに、そのような製剤が開発された。
  7. ^ グラム陽性菌とは、細菌に対してグラム染色を行った際に、染まる細菌を指す。対義語はグラム陰性菌である。
  8. ^ 真核生物の細胞内に入り込み易いという、マクロライド系抗菌薬と同様な長所を持つテトラサイクリンは、カルシウムとの複合体を形成し易い。このため、特に成長期にテトラサイクリンを投与すると、の形成に対する悪影響を与える。また、歯の形成中にテトラサイクリンを投与すると、歯牙黄染と呼ばれる特徴的な副作用も出る。このため、テトラサイクリンは、殊に妊婦や乳幼児に対しては、可能な限り使用しない事が求められる。
  9. ^ キタサマイシンは、ロイコマイシン類混合物なので、このように「LM」の略称が使用される。ただし、キタサマイシンは全てのロイコマイシン類を含有しているわけではない。

出典

  1. ^ a b c d 微生物薬品化学 2003, p. 215.
  2. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 141.
  3. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 177,222.
  4. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 179.
  5. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 51.
  6. ^ 重信 弘毅・石井 邦雄(編集)『パートナー薬理学』 p.310 南江堂 2007年4月15日発行 ISBN 978-4-524-40223-6
  7. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 188.
  8. ^ 一部の抗生物質とカルシウム拮抗薬の併用は低血圧をもたらす いきいき健康 NIKKEI NET:閲覧 2011.2.21
  9. ^ Those taking calcium channel blockers showed raised risk for dangerously low blood pressure Canadian Medical Association Journal(CMAJ)
  10. ^ Methymycin (CID:5282034)
  11. ^ Neomethymycin (CID:5282033)





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