マクロライド系抗菌薬 問題点

マクロライド系抗菌薬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/06 17:43 UTC 版)

問題点

副作用

マクロライド系抗菌薬が引き起こす副作用は、頻度も多くはなく、比較的安全な薬物とされる。元来は、真核生物の細胞に入り込み易いために、アレルギーも誘発し易かったマクロライド系抗菌薬だが、そのような薬物は、実用化前に排除されてきた結果である。それでも、医薬品一般の問題として、予測の難しいアレルギーが発生しうるという点については、心に留めておく必要がある。

マクロライド系抗菌薬の主な副作用としては、下痢、悪心(吐き気)、嘔吐などの消化器症状が挙げられる。最初に実用化されたマクロライド系抗菌薬であるエリスロマイシンでは、特に消化器症状が出る副作用の頻度が高い。この消化器症状は、マクロライド系抗菌薬が胃酸によって分解された際に生じる、ヘミケタルと言う物質が、消化管の蠕動運動を亢進するため発生するとされる。これが発生する理由は、消化管ホルモンの1つであるモティリンの代わりに作用し、すなわち、モティリン受容体を刺激して、結果として胃の運動を促進すると判明した[6]。そこで、この副作用を軽減するには、トリメブチンを併用すると効果を示す場合もある。なお、消化器症状については、胃酸によって分解されないように、腸溶性コーティングを施すといった製剤の工夫で軽減される。また、クラリスロマイシンなどのように、化学修飾をして胃酸で分解され難いようしたマクロライド系抗菌薬では、改善された。

また、稀ではあるものの、マクロライド系抗菌薬には代表的な副作用として、心臓に異常を来たす事が挙げられる。この結果は、心電図におけるQT時間の延長として観察される。特に、併用薬や基礎疾患が存在する場合には、死亡の可能性が有る。

薬物相互作用

多くのマクロライド系抗菌薬はCYP3A4で代謝される上に、代謝物のニトロソアルカン化合物がCYP3A4の活性中心であるヘム鉄に共有結合するとされる。この結果、CYP3A4の作用を阻害する。そのため、マクロライド系抗菌薬自体の副作用よりも、同じCYP3A4で代謝される 他の複数の薬物との薬物相互作用の問題が出る場合が有る。15員環や16員環と比べて、特に14員環のマクロライド系抗菌薬では、CYP3A4の阻害作用が強く出る傾向にある[7]。CYP3A4が阻害された事によって問題を起こす薬物は数多い。そもそもスボレキサントのように、CYP3A4に対する強い阻害作用を有した薬物との併用が禁忌と定められている薬物も存在する。また例えば、気管支喘息の治療薬として知られるテオフィリンは、有効血中濃度と中毒域が近く、CYP3A4が阻害された事でテオフィリンの代謝が阻害されて血中濃度上昇し、テオフィリンの中毒に陥る危険が有る。さらに、カルシウム拮抗薬に於いても血中濃度が上昇し、危険なレベルの低血圧性ショックを引き起こす可能性が有るとの報告が存在する[8] [9]

また、QT時間延長の副作用もある。したがって、QT時間延長作用のある別の薬剤と併用すると、この副作用が増悪し、場合によっては致死的な不整脈を引き起こす。この種の薬物の代表は第2世代抗ヒスタミン薬テルフェナジンであり、この薬物は代謝拮抗作用も併せ持つため、併用は禁忌である。

他にも、バルプロ酸カルバマゼピンなどとも相互作用する。

細菌による耐性の獲得

マクロライド系抗菌薬に対する薬剤耐性獲得は比較的起こり易く、臨床上の重大な問題になっている。細菌の耐性化には以下のような機序が考えられている。

  • リボゾームの、マクロライド系抗菌薬が結合する部位が変異により構造変化する。
  • マクロライド系抗菌薬の透過性を低下させる。
  • マクロライド系抗菌薬を細胞外に排出する仕組みを獲得する。
  • マクロライド系抗菌薬のラクトン部位を分解して不活化する酵素の産生能を獲得する。

一度獲得された耐性はプラスミドを介し細菌から細菌へと伝達されることが問題を深刻にする。さらに、1種類のマクロライド系抗菌薬に耐性を獲得する際、他のマクロライド系抗菌薬や、他の系統の抗菌薬にも同時に耐性を獲得する、交差耐性と呼ばれる現象もある。

かつてマクロライド系抗菌薬は市中肺炎に対して有効であったものの、2007年現在、市中肺炎の起因菌の8割がマクロライド系抗菌薬に耐性を持つに至っている。このような状態でマクロライド系抗菌薬を使用すれば、かえって症状を悪化させることもある。そのため、マクロライド系抗菌薬を使える菌種は、マイコプラズマ、クラミジア、非定型抗酸菌、ヘリコバクターピロリ、カンピロバクターなど少なくなった。

菌交代現象

これはマクロライド系抗菌薬に限らず、抗菌薬全般に言える話だが、抗菌薬を使用すると、その抗菌薬が効く微生物が死ぬ一方で、その抗菌薬が効かない微生物が、増殖可能な場所と栄養分を独占して一気に増殖する場合がある。この現象は耐性菌だけでなく、そもそもマクロライド系抗菌薬が効き難い緑膿菌などの細菌や、細菌ではない真菌などでも起こる。

薬剤費・苦味の問題

マクロライド系抗菌薬の実地臨床上の重要な弱点は、耐性の問題の以外に、抗菌薬の中では比較的高価である事が挙げられる。マクロライド系抗菌薬は化学構造が複雑なため人工合成が難しく、微生物に抗菌薬を生合成させてから分離精製する手間が必要があったり、特性を改善するため分離精製後に化学修飾を行う必要がある事が関係している。

また一般に軽視されがちな「マクロライド系抗菌薬は一般に苦味が強い」という点も、乳幼児に経口投与する際には重大な問題になる。抗菌薬は不規則な服薬をすると耐性菌の発生を助長する可能性が高く、また苦味によって患者が投与をためらうと不規則な服薬に繋がる。このため、医師や薬剤師は服薬コンプライアンスの維持に注意を払い、また味が良くないせいで患者が薬を飲まなくなることを避けるために製剤を工夫してきた。例えば、裸錠ではなくフィルムコーティングを錠剤に施すことで、噛み砕いたり、口の中で溶かしたりしなければ苦味はほとんど問題にならなくなる。カプセル剤として製剤しても同様である。ただ、散剤などの剤形ではどうしても苦味が感知されやすい。そこで、散剤でも甘味のコーティングを工夫したり、苦味を抑える添加物を加えるといった改良が行われてきており、以前よりも苦味に対する問題は少なくなりつつある。一方で、この製剤の工夫により薬剤費がさらに高くなる。14員環マクロライド系抗菌薬に比べて16員環マクロライド系抗菌薬は苦味が少ないため、この点では有利である。

なお経口服用が出来ない場合、注射薬や他の抗菌薬への変更を考慮する場合もある。


注釈

  1. ^ ただし、15員環のアジスロマイシンは、14員環に窒素を人工的に導入して開発された経緯からアザライド(azalide)に分類する場合もある。
  2. ^ 通常はクラジノースかデソサミンが結合している。
  3. ^ 抗生物質抗菌薬は、厳密には異なる。抗生物質とは、人工合成の化合物ではなく、微生物が産生する天然物であり、他の微生物の発育を妨げる化合物群である。参考までに、抗生物質に当たる化合物群を、医薬品の分類で見ると、抗菌薬、抗真菌薬、抗ガン剤などに跨る。これに対して、抗菌薬とは、天然物・半合成・人工合成に関わらず、細菌に対して毒性を有しており、細菌の活動を抑えたり、細菌を殺す化合物群である。したがって、それぞれの化合物群の集合は、必要条件も充分条件も満たさず、イコールで結べない。
  4. ^ リボソームでタンパク質を合成するためにアミノ酸を運んできたtRNAが、リボソーム上で合成されつつあるタンパク質と一時的に結合した、ペプチジルtRNAが合成される反応
  5. ^ ただし、古細菌ドメインのリボソームも阻害されないため、古細菌には無効である。他に、真核生物である、真菌のリボソームも阻害されないため、真菌にも無効である。また、そもそも感染した生物の細胞が有するリボソームを乗っ取って利用するウィルスなどにも無効である。
  6. ^ 徐放製剤とは、消化管内で薬物を時間をかけて錠剤などから溶出させる方法で、その薬物が長時間にわたって消化管内へと供給されるようにデザインされた製剤である。このため、その薬物が腸管の広い範囲で吸収可能な薬物であった場合には、次々と体内へと吸収されて、体内への薬物の供給が続く。これにより、先に体内へと吸収された薬物が、代謝によって失活したり、排泄によって消失したりしても、新たに薬物が吸収されてくるので、結果として、長時間にわたって薬物が作用する。マクロライド系抗菌薬の徐放製剤の例として、日本では認可されていないものの、クラリスロマイシンに、そのような製剤が開発された。
  7. ^ グラム陽性菌とは、細菌に対してグラム染色を行った際に、染まる細菌を指す。対義語はグラム陰性菌である。
  8. ^ 真核生物の細胞内に入り込み易いという、マクロライド系抗菌薬と同様な長所を持つテトラサイクリンは、カルシウムとの複合体を形成し易い。このため、特に成長期にテトラサイクリンを投与すると、の形成に対する悪影響を与える。また、歯の形成中にテトラサイクリンを投与すると、歯牙黄染と呼ばれる特徴的な副作用も出る。このため、テトラサイクリンは、殊に妊婦や乳幼児に対しては、可能な限り使用しない事が求められる。
  9. ^ キタサマイシンは、ロイコマイシン類混合物なので、このように「LM」の略称が使用される。ただし、キタサマイシンは全てのロイコマイシン類を含有しているわけではない。

出典

  1. ^ a b c d 微生物薬品化学 2003, p. 215.
  2. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 141.
  3. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 177,222.
  4. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 179.
  5. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 51.
  6. ^ 重信 弘毅・石井 邦雄(編集)『パートナー薬理学』 p.310 南江堂 2007年4月15日発行 ISBN 978-4-524-40223-6
  7. ^ 微生物薬品化学 2003, p. 188.
  8. ^ 一部の抗生物質とカルシウム拮抗薬の併用は低血圧をもたらす いきいき健康 NIKKEI NET:閲覧 2011.2.21
  9. ^ Those taking calcium channel blockers showed raised risk for dangerously low blood pressure Canadian Medical Association Journal(CMAJ)
  10. ^ Methymycin (CID:5282034)
  11. ^ Neomethymycin (CID:5282033)





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