ナンディ語 統語論

ナンディ語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/28 01:01 UTC 版)

統語論

語順・声調による格標示

Dryer (2013c) が Hollis (1909) の随所や Creider & Creider (1989:123–4) を根拠として示しているように、優勢な語順VSO(述語-主語-目的語)である。しかし実際には格標示は声調のパターンの違いによって区別され、主語と目的語の順番は入れ替えることが可能である[1]。以下に例文を挙げるが a. ではVSOとなりキベートが主語となっているのに対し、b. では同じキベートという語の声調パターンが異なって目的語となり、VOSとなっている。なお、例文中のキベートとキプロノはいずれも男性名である[27]

  a.  /ke̘ːr˨˩-e̘j˦  ki̘˦pe̘ːt˨  la̙ːk˨we̙ːt˦
見る-ipfv  キベート.nom  子供.obl 
(慣用綴り: Ke(e)rei Kibet lakwet.)キベートは子供を見ている。 [28]
  b.  /ke̘ːr˨˩-e̘j˦  ki̘˨pe̘ːt˨  ki̘p˦ro̘ː˨no̘˨
見る-ipfv  キベート.obl  キプロノ.nom 
(慣用綴り: Ke(e)rei Kibet Kiprono.)キプロノはキベートを見ている。 [28]

どのような名詞であっても動詞の後で主語を表す声調パターン(Creider & Creider (2001) のいう「主格」)とそれ以外のあらゆる場合に用いられる声調パターン(Creider & Creider (2001) のいう「対格」)の2種類の声調パターンを持つが、「主格」の方が予測可能であるのに対し、「対格」の方は予測不可能である[22]。「主格」の声調パターンは主に以下のような法則により導き出すことが可能である[22]

  • 2音節語の第2形式は低声調化する。例: lakwet〈子供〉/la̙ːk˨-we̙ːt˦/〔「対格」〕→ /la̙ːk˨-we̙ːt˨/〔「主格」〕〈子が〉
  • 3音節以上の語の第2形式は最初と最後が低声調、残りは全て高声調化する。例: arawet〈月〉/a̙˦ra̙w˦˨-e̙ːt˦/〔「対格」〕→ /a̙˨ra̙w˦-e̙ːt˨/〔「主格」〕〈月が〉
  • ただし例外的に kip- や chep- といった接頭辞を持つ語の場合は、その接頭辞が高声調化するだけとなる。例: Kiplagat〈キプラガト; 男性名〉/ki̙p˨-la̙˨ka̙t˨/〔「対格」〕→ /ki̙p˦-la̙˨ka̙t˨/〔「主格」〕〈キプラガトが〉

Dryer (2013b) によれば格の違いを接尾辞で表す言語が452(朝鮮語フィンランド語ロシア語などが該当、ただしアルメニア語などのように同一言語の方言も含む)、何の接辞接語も用いない言語が379(英語スペイン語などが該当)、後置接語で表す言語が123(日本語中国語などが該当)、接頭辞で表す言語が38(ウガンダのナイル諸語の一つテソ語 Tesoモロッコシルハ語南アフリカ共和国ズールー語カナダシュスワプ語などが該当)、前置接語を用いる言語が17(例: フランス語アラビア語イラク方言および同シリア方言英語版ルワンダ語)などであるのに対し、声調の違いが格の違いとなる言語はナンディ語を含めてもたったの5つで、ナンディ語以外の内訳はマサイ語(ケニアおよびタンザニア)やシルク語(Shilluk; 南スーダン)(以上、ナンディ語と同じナイル諸語)、チャドマバ語マリドゴン語ジャマサイ方言(Jamsay Dogon)である。また Dryer の調査の対象外ではあるが、ナンディ語と同じカレンジン言語群のキプシギス語やポコット語(Pökoot; Pokot とも)にも基本語順VSOかつ声調による格標示という特徴が見られる[29][30]

受動態にあたる構文

ナンディ語には論理的目的語が主格の声調パターンで現れるような受動構文は存在せず、代わりに一人称複数の接頭辞 ke- あるいは ki- を三人称語幹の屈折形や声調パターンと共に(そして目的語は「対格」の声調パターンのまま)用いる[25]。以下に例文を示すが、/-e̘˦/ は非三人称が主語である場合の未完結相、/-e̘j˦/ は三人称が主語である場合の未完結相を表す[25]

  a.  /ki̘˦-ke̘ːr˦-e̘˦  te̙ː˨ta̙˨˩
1pl-見る-non3.ipfv  牝牛.obl 
(慣用綴り: kige(e)re teta)私たちは牝牛を見ている [25]
  b.  /ki̘˦-ke̘ːr˦˨-e̘j˦  te̙ː˨ta̙˨˩
1pl-見る-3.ipfv  牝牛.obl 
(慣用綴り: kige(e)rei teta)牝牛は見られている [25]
  (参考)  /ke̘ːr˨˩-e̘j˦  te̙ː˨ta̙˨˩
見る-3.ipfv  牝牛.obl 
(慣用綴り: ke(e)rei teta)彼(女)は牝牛を見ている [25]

注釈

  1. ^ この例における -ni は終母音 -i の異形態素である。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 稗田 (1989).
  2. ^ Hollis (1909:152).
  3. ^ a b Lewis et al. (2015).
  4. ^ a b c d e Hammarström et al. (2019).
  5. ^ a b Creider & Creider (2001:11).
  6. ^ Creider & Creider (2001:59, 228).
  7. ^ Creider & Creider (2001:11, 13f, 39, 76).
  8. ^ a b c d e f g Creider & Creider (2001:14).
  9. ^ Creider & Creider (2001:14, 45, 107).
  10. ^ Creider & Creider (2001:11f).
  11. ^ Creider & Creider (2001:12).
  12. ^ Creider & Creider (2001:13).
  13. ^ a b Creider & Creider (2001:15).
  14. ^ Creider & Creider (2001:274).
  15. ^ Creider & Creider (2001:169).
  16. ^ Creider & Creider (2001:303).
  17. ^ Creider & Creider (2001:228).
  18. ^ Creider & Creider (2001:111).
  19. ^ Creider & Creider (2001:45).
  20. ^ Creider & Creider (2001:123).
  21. ^ Creider & Creider (2001:73).
  22. ^ a b c Creider & Creider (2001:16).
  23. ^ a b Creider & Creider (2001:269).
  24. ^ Creider & Creider (2001:53).
  25. ^ a b c d e f g Creider & Creider (2001:17).
  26. ^ Creider & Creider (2001:22).
  27. ^ Creider & Creider (2001:120, 134).
  28. ^ a b Creider & Creider (1989:124).
  29. ^ 稗田 (1988).
  30. ^ 稗田 (1992).


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