カルタン幾何学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/31 00:51 UTC 版)
定義と基本概念
定義
リー群Gとその閉部分リー群の組でが連結になるものをクライン幾何学、もしくは(カルタン幾何学のモデルになるので)モデル幾何学(英: model geometry)という[9][10]。
をモデル幾何学とし、、をそれぞれG、Hのリー代数とする。
定義 (クライン幾何学によるカルタン幾何学の定義) ― 多様体M上のタイプのカルタン幾何学(英: Cartan geomerty of type over M)とは、M上のH-主バンドルとP上の-値1-形式
の組で以下の性質を満たすものの事である[11][12][13]:
- 任意のに対し、は同型写像である。
- 任意のに対し、
- 任意のに対し、
ωをH-主バンドルのカルタン接続(英: Cartan connection)という。また紛れがなければMの事をカルタン幾何学という[12]。
3つの条件の直観的な意味を説明する。
- 1つ目の条件は、とが同一視できる事を意味しており、前述した直観的説明のように、モデルがユークリッド幾何学であれば、Mにいる人は、自分の近傍がユークリッド空間であるとみなしているので、人の動きの速度ベクトルの集合が、無限小変換全体で記述可能である事を要請するのは自然である。
- 2つ目の条件は、各に対し、ωが同型写像の逆写像である事を要請している。はがに定める無限小変換なので、前述した直観的説明からこれは自然な要請である。なお、この2つ目の条件から特に直観的説明のところで登場した以下の要件が従う:
- 3つ目の条件は、前述した直観的説明からにいる人は自分の近傍がモデル幾何学に似ているとみなしているので、を右から乗じれば、の元はに移動してしまうので、左からもを乗じてに戻す随伴表現を作用させたものと等しくなる事を要請する。
なお、は同型なので、M上定義できるカルタン幾何学には
という制約が課せられる事になる。
主接続との関係
カルタン接続の定義は主バンドルの接続(主接続)の接続形式の定義とよく似ているが、両者は似て非なる概念であり、H-主バンドルの主接続の接続形式はHのリー代数に値を取るが、カルタン接続はGのリー代数に値を取っている。しかし、ををモデル幾何学とする多様体M上のカルタン幾何学とするとき、H-主バンドル上定義されたカルタン接続は、自然に
というG-主バンドル上の-値1-形式
に拡張する事ができ[14]、はG-主バンドルの接続形式である[14]。逆にを任意のG-主バンドルとし、をQ上定義された接続形式とするとき、のH-部分バンドルでであり、しかもであればωのTPへの制限はP上のカルタン接続になる[15]。
なお、モデル幾何学が「簡約可能」という条件を満たす場合は、上記のものとは別の形の関係性をカルタン接続と主接続は満たす。詳細は後述する。
無限小クライン幾何学による定式化
定義から分かるように、カルタン幾何学の定義は、、およびHには依存しているが、Gには直接依存していない。これは、、およびHはM上のカルタン幾何学の局所的な構造を定めるのに対し、Gはクライン幾何学の大域的な構造を定めるものであるため、Gが不要である事による。
リー代数に対応するリー群Gは一意ではなく[注 4]、これが原因で大域的な構造を定めるGはカルタン幾何学の定義に必須でないばかりか、一部の定理ではGを(に対応する)別のリー群に取り替える必要が生じてしまう。
そこでGに直接言及せず、を使ったカルタン幾何学の定式化も導入する。そのために以下の定義をする:
定義 ― リー代数とその部分リー代数の組を無限小クライン幾何学[訳語疑問点](英: infinitesimal Klein geometry)[16]もしくはクライン対[訳語疑問点](英: Klein pair)[16]という。
Hををリー代数 とするリー群とし、さらに
をHの線形表現で、任意のに対し、のへの制限がHのへの随伴表現と等しいものとする[注 5]。ここでは上のリー代数としての自己同型全体の集合である。
このとき、組をモデル幾何学という[17]。
以下、特に断りがなければ、が効果的である事を仮定する[注 6]。ここでが効果的であるとは、に含まれるのイデアルがのみである事を意味する。G、Hを、に対応するリー群とすると、が効果的である事は、、とするとき、Kが離散群になる事と同値である[18]。
定義 (無限小クライン幾何学によるカルタン幾何学の定義) ― Mを多様体とし、をモデル幾何学とし、
- をH-主バンドルとし、
- ωをクライン幾何学によるカルタン幾何学の定義の条件を満たすP上の-値1-形式とする。
このとき、組をHを伴うをモデルとするM上のカルタン幾何学(英: Cartan geometry on M modeled on with H)という[12]。
カルタン幾何学としてのクライン幾何学
本節ではカルタン幾何学の最も簡単な例として、クライン幾何学のカルタン幾何学としての構造を調べる。をクライン幾何学とし、とし、とする。ここではGの単位元eの同値類である。このとき
は自然にH-主バンドルとみなせる。G上のモーレー・カルタン形式がカルタン接続の定義を満たす事を示せるので、はをモデルとするカルタン幾何学になる。
局所クライン幾何学とその上のカルタン幾何学
リー群Gとその閉部分リー群の組を考える[注 7]。Gの離散部分群で、へのGからの作用のへの制限が効果的なものを考える(が効果的な事はである事と同値である)。このとき、による商集合を考える。Mが連結なとき、を局所クライン幾何学(英: locally Klein geometry)という[20]。
局所クライン幾何学M上に以下のようにカルタン幾何学を定義できる。まずが効果的なのでとすると、商写像
には自然にH-主バンドルの構造が入る[注 8]。またG上のモーレー・カルタン形式はその定義より左不変なので、商写像に対し
を満たす一意な-値1-形式をとする事で、にカルタン接続がwell-definedされ、上にをモデルとするカルタン幾何学が定義できる[20]。
カルタン幾何学の(局所)幾何学的同型
2つのカルタン幾何学の間の(局所的および大域的な)同型概念を以下のように定義する:
定義 ― をモデル幾何学とし、M1、M2を多様体とし、、をそれぞれをモデル幾何学とするM1、M2上のカルタン幾何学とする。
バンドル写像
でがはめ込みであり、によるの引き戻しが
となるものをカルタン幾何学間の局所幾何学的同型(英: local geometric isomorphism)という[21]。とくにfが(可微分)同相写像であれば、を幾何学的同型(英: geometric isomorphism)という[21]。
定数ベクトル場と普遍共変微分
任意のに対しては同型写像であるので、TPはωにより
という同一視ができ、TPはベクトルバンドルとして自明である。
よって特にを各に対してωの逆写像でTpPに移すことで、TP上のベクトル場を作る事ができる。
定義 (定数ベクトル場) ― に対し、を各点にを対応させるベクトル場とする。
このベクトル場を定数ベクトル場[訳語疑問点](英: constant vector field)という[22][注 9]。
定数ベクトル場を用いると、以下の「普遍共変微分」を定義できる:
定義 (普遍共変微分) ― Vをベクトル空間とし、を(滑らかな)写像とする。このとき、fにベクトル場(は接ベクトル空間の元なので自然に微分作用素とみなしたもの)を作用させた
をfのAによる普遍共変微分[訳語疑問点](英: universal covariant derivative)という[23]。
モデル幾何学が「簡約可能」という条件を満たす場合は、普遍共変微分は通常の共変微分を導く。これについては後述。
接バンドル
本節ではカルタン幾何学が定義された多様体の接バンドルの構造を調べる。そのために以下の定義をする。
ををモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学とする。はHのへの作用を定義するが、のへの制限は上の随伴表現である(のではを保つ)ことから、はHのへの作用を誘導する。またHはH-主バンドルPに作用していたので、これの作用により、ベクトルバンドル
を定義できる。実はこのベクトルバンドルは接バンドルと同型である:
具体的には写像
はwell-definedであり、ベクトルバンドルとしての同型写像である[24]。ここでは同型写像の逆写像でをに移したものである。
曲率
定義
クライン幾何学をカルタン幾何学とみなした場合、カルタン接続はモーレー・カルタン形式ωGと等しいので、カルタン接続は構造方程式
を満たすが、一般のカルタン幾何学は構造方程式を満たすとは限らない。そこで以下の量を考える:
Ωは(局所)クライン幾何学からのズレを表す量であると解釈でき、明らかにクライン幾何学や局所クライン幾何学の曲率は恒等的に0である。
曲率は以下を満たす:
点のファイバーPuにはHが単純推移的に作用するので、をfixして、によりHとPuを同一視すると、TPu上にモーレー・カルタン形式ωHが定義できる。しかもωHはの取り方に依存しないことも容易に証明できる。実は曲率のPuへの制限はωHに一致する。
定理 ― 任意のに対し、曲率ΩのTPuへの制限はTPu上のωHに一致する。よって特に、任意のに対し、である。
なお、実はv、wの少なくとも一方がTpPuに属していれば、である事が知られている[26]。よって特に次が成立する:
定理 ― M上の-値2-形式Ω'が存在し、任意のと任意のに対し、以下が成立する[26]:
このΩ'は次節で導入する曲率関数を用いる事で具体的に記述できる。
曲率関数
を定義できる。またすでに述べたようにv、wの少なくとも一方がTpPuに属していれば、である事が知られている[26]事から、この写像は上の写像をwell-definedに誘導する。
曲率がM上の-値2-形式Ω'を誘導する事を前に見た。このΩ'は曲率関数を使って以下のように書き表す事ができる。
捩率
さらに以下の定義をする:
定義 (捩率) ― 曲率Ωを商写像
と合成したはP上の-値2-形式となる。をカルタン幾何学の捩率(英: torsion)といい[注 10][12]、がP上恒等的に0になるカルタン幾何学を捩れなし(英: torsion free)であるという[12]。
モデル幾何学がアフィン幾何学である場合は、この捩率はアフィン接続の捩率テンソルに一致する。詳細は後述。
標準形式
本節の目標は、商写像
とカルタン接続の合成の幾何学的意味を説明する事である。
まず、は以下のように特徴づける事ができる:
定理 (の特徴づけ) ― は下記を可換にする唯一の写像である:
ここではにを対応させる写像である。
上記の特徴付けから、の幾何学的意味は同型に関係しているので、この同型の幾何学的意味を見る。にベクトル空間としての基底をfixし、同型
によるの像をとすると、はの基底をなす。
よって特に、とすると、FはM上のフレームバンドル(=各点のファイバーがTMの基底からなるバンドル)になる[28]。
一般には対応
は全単射ではないが、の定義から、カルタン幾何学が下記の意味で「一階」であれば、この写像は全単射になる:
定義 ― 随伴表現
が忠実なとき、クライン幾何学(およびをモデルに持つカルタン幾何学)は一階[訳語疑問点](英: first order)であるといい、そうでないとき高階[訳語疑問点](英: higher order)であるという[29]。
以上の準備のもと、を幾何学的に意味付ける:
定理 (の解釈) ― 記号を上と同様に取り、カルタン幾何学が一階であるとする。このとき、の基底でという同一視を行うと、に対し、
上記のような、にとなるを対応させる-値1-形式をフレームバンドル上の標準形式(英: canonical form)という[31]。上述の定理はカルタン幾何学が一階であればは標準形式として意味づけられる事を保証する。
出典
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- ^ #Sharpe pp.196-197.なお、p.197の「ρ」はXがの元であることから「ρ*」の誤記であると判断。
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- ^ a b c d e f g h i j k l m #Sharpe pp.209-211.
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- ^ #Sharpe p.213.
- ^ #Sharpe p.216.
- ^ a b #Sharpe p.238.
- ^ #Sharpe p.234.に捩率が0の場合とそうでない場合にわけて考える旨の記載がある。
- ^ a b c #Sharpe pp.386-387.
注釈
- ^ カルタン幾何学を説明した日本語の文献が見つからなかったので、本項の専門用語はいずれも本項執筆者が暫定的に訳したものである。
- ^ 厳密には、M上の人と同一視できるのは、基底が右手系の場合だけで、左手系の場合はその人を"左右反転"する必要があるが、以後この問題は無視する
- ^ この定義ではという同一視を用いている。ここでeはGの単位元である。
- ^ をGの被覆空間とすると、とGは同型なリー代数を持つ。
- ^ [17]ではAdにこれ以上の仮定を課していないが、実際の議論ではAdがに対応するリー群Gの随伴表現のへの制限である事を用いているので、以下、本項でもこれを仮定する。なお、随伴表現はに対応するリー群Gの取り方に依存せずwell-definedである。
- ^ #Sharpe p.174によれば、この仮定は必須ではないが、この仮定を外しても特に得られるものはないとの事である。
- ^ クライン幾何学の定義ではが連結な事を仮定していたが、ここでそれは仮定しない[19]
- ^ が効果的でないと、の各ファイバーはと同型なものになってしまうため、H-主バンドルにならない。
- ^ a b クライン幾何学の場合はM上の左不変ベクトル場に相当する[43]。
- ^ 「捩率」という言葉にはアフィン接続の「捩率」と曲線の「捩率」という2つの異なる意味があるが、ここでいう捩率は前者に相当するものである。アフィン接続の捩率との関係は後述する。
- ^ カルタン幾何学が一階である事を利用しているのはの単射性を保証する部分だけであり、それ以外の部分は一階でなくても成立する。
- ^ なお、リー代数の分野では、が半単純なイデアルとアーベルなイデアルの直和で書けるときには簡約可能であると呼ぶが、本項で挙げた定義はこの簡約可能性とは別概念である[32]。なお、が単射で、しかもがこの意味で簡約可能であれば、は本項の意味で簡約可能である[32]。
- ^ なお、#Sharpe pp.364-365.は「接続形式⇒カルタン接続」の方ではを仮定しているが、証明を読めば分かるように、実際にはこの仮定は必要ない。#Sharpeもp.362.の定理のステートメントではこの仮定に触れておらず、単なるミスと思われる。また#Sharpeもp.362.ではカルタン形式をと表記しているが、この形に書けるのはユークリッド幾何学(もしくはより一般にアフィン幾何学)をモデル幾何学としている場合であり、一般の簡約可能なモデル幾何学の場合は必ずしもこの形に書けないので、ここもミスと判断した。
- ^ なおこの式の右辺は文献[37]では、Xの水平リフトをYとしてとしているが、これは本項で挙げたに等しい。理由は以下の通りである。まず普遍共変微分の定義よりであり、水平リフト(詳細は接続 (ファイバー束)を参照)とはとなるYの中でとなるもののことである。 そして本項のもとなり、しかものうち水平成分の方向のみを考えているので、。以上のことからである。
- ^ なお、に対しとなるpは複数あるため、 としてどのpにおける接ベクトルを取るかの自由度があるが、どのpにおける接ベクトルを選んでも結果は変わらない。
- ^ ここでは#Sharpe p.209.にあわせて「曲線の発展」という言い方にしたが、同書p.119.では同じ概念を「の発展」(英: development of ω along starting at g)という言い方をしている。前者がカルタン幾何学の説明であるのに対し、後者はダルブー導関数の説明に関するものである事が言い方を変えている理由であると思われるので、ここでは前者の言い方を採用した。
- ^ 文献[41]ではの定義域をループ空間ではなく基本群としているが、はホモトピー不変ではないので、定義域はループ空間であると判断。なお、文献[42]では定義域を基本群としているが、これはこの文献ではカルタン幾何学が平坦な事を仮定している為、がホモトピー不変になるからである。
- ^ a b すなわち、とに対し、Aを通るG上の左不変ベクトル場によるgからの1-パラメーター変換の軌跡の事。
- ^ [41]には「Gの元の1-パラメーター変換群」とあるが1-パラメーター変換群はリー代数に対して定義するものなので「の元の1-パラメーター変換群」の誤記と判断。
- ^ ユークリッド空間の合同変換群のリー代数から、を選び、の積分曲線のへの射影を考えると螺旋になる。
- ^ a b すでに指摘したように、モデル幾何学 のAdが に対応するリー群Gの随伴表現である事が暗に仮定されている。
- ^ 発展の定義はωがカルタン接続の場合に対して与えたが、一般にリー代数に値を取る1-形式に対しても同様にして発展の存在一意性を示すことができるので、「に関する発展」という言葉は意味を持つ。一般の場合の定理のステートメントはダルブー導関数の項目を参照。
- ^ 文献[48]ではPの連結を明示的には仮定していないが、Pが連結ではないとHorの定義が基点に依存してしまうため、暗に仮定されていると判断した。
- ^ 文献[48]のステートメントではGの連結性を明示していないが、証明中でGの連結性を使っているため、連結性を明記した。
- ^ #Sharpeでは、まず一般の1-形式ωに対し完備性を定義し、カルタン接続ωが完備な事をもってカルタン幾何学の完備性を定義している。ここでP上1-形式ωが完備であるとは、以下を満たす事を言う(#Sharpe pp.69. 129):P上の任意のベクトル場Xに対し、がによらず定数であれば、任意のおよび任意のに対しが定義可能である。ωがカルタン接続であれば、が定数となるベクトル場とはすなわち、for と書けるベクトル場の事であるので、ここで挙げた定義と一致する。なお文献[49]ではAが時間変化する事を許すより強い完備性の定義を採用している(が、両定義の関係については明記されていないので不明)。
- ^ ここでいう「定数倍を除いて一意」とは2つの計量g、g'に対し、Mの点uに依存しない定数kが存在し、となるという意味である。
- ^ ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学の場合にカルタン幾何学の意味での捩率がKoszul接続の捩率テンソルと同一な事はすでに示した。
- ^ 英語では、「捩率」はtorsion、「ねじれのない転がし」の「ねじれ」はtwistであり、両者は無関係な概念である。
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