カルタン幾何学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/31 00:51 UTC 版)
クライン幾何学との関係
カルタン幾何学はクライン幾何学をモデルとしており、しかも(局所)クライン幾何学はカルタン幾何学として平坦(英: flat)、すなわち曲率が恒等的に0である事を前述した。
本章はこの逆向きについて述べる。すなわち平坦なカルタン幾何学がいかなる条件を満たせば局所クライン幾何学と等しいかを特定するのが本章の目標である。
ダルブー導関数の一般論から、以下が従う:
定理 ― を対応するリー代数の組が効果的なクライン幾何学とする。Mを多様体とし、ををモデルとするM上のカルタン幾何学とする。
このとき、Mの普遍被覆空間に主バンドルとカルタン接続ωを引き戻したものをそれぞれ、とする。
このときは上のをモデルとするカルタン幾何学となり、局所幾何学的同型
が存在する[44]。
よって特に、Mの点uの十分小さい開近傍を取り、上にを制限したは(Uのへのリフトを考えることで)局所幾何学的同型を持つことが分かる[45]。
このように被覆空間を考えたり、あるいは各点の開近傍に制限したりすれば、平坦なカルタン幾何学がクライン幾何学に局所幾何学的同型である事を示す事ができる。しかしこれだけではM自身が(局所)クライン幾何学と幾何学的同型になるか否かはわからない。
そこで本章ではまずM自身が局所クライン幾何学と幾何学的同型になる条件を定式化し、次にこれらの条件を満たす平坦なカルタン幾何学が局所クライン幾何学と幾何学同型になる事を見る。
条件
本節では平坦なカルタン幾何学が局所クライン幾何学と同型であるための条件である「幾何学的向き付け可能性」と「完備性」を定義する。
幾何学的向き
幾何学的向きを定義するため、まず記号を導入する。Mを多様体とし、ををモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学とし、Gをに対応するリー群の一つとすると、その随伴表現はリー群間の写像なので[注 21]、対応するリー代数間の写像
を誘導する。adはリー代数に対応するリー群Gの取り方によらずwell-definedであり、
が成立する[46]。adとカルタン接続の合成
を考え、以下の定義をする:
定義 ― 記号を上と同様に取り、を取る。クライン幾何学に対し、が基点に関して幾何学的な向きを保つ(英: geometrically orientation preserving with respect to the base point p)とは、pとphを結ぶP上の曲線で以下の条件を満たすものが存在する事を言う[47][注 22]:
- のに関する単位元からの発展の終点がになる
adの定義より、曲線がPのファイバー内にあれば、その発展の終点は必ずになる。よってを単位元eを含むHの連結成分とすると
が成立する。
しかし上記の定義は曲線がファイバー内に収まる事は仮定しておらず、よって一般にはHorの方がHeより大きいこともある。なお、Pが連結であれば、HorはHの正規部分群になる事が知られている[47]。
定義 ― Mを多様体とし、ををモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学でPが連結であるものする[注 23]。
次が成立する:
完備性
Mを多様体とし、ををモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学とする。
定理 ― 局所クライン幾何学(に対応するカルタン幾何学)は完備である。
局所クライン幾何学におけるカルタン接続ωの定義より、をの被覆空間であるGに引き戻したもをとすると、はを通る左不変ベクトル場であるので、は任意の任意のおよび任意のに対し定義可能であり、任意のおよび任意のに対し、はをに射影したものであるので、定理が成立する。ここでpはgの商写像による像である。
定式化
完備かつ平坦で幾何学的に向き付可能なカルタン幾何学は局所クライン幾何学と幾何学的同型になる:
定義 ― Mを連結な多様体とし、をモデル幾何学とし、をM上のをモデルとする平坦かつ完備で幾何学的に向き付けられたカルタン幾何学とする。
このとき、をリー代数とする連結なリー群GでHを閉部分群として含むものと、Gの部分群Γで局所クライン幾何学とその上のカルタン幾何学構造がMとその上のカルタン幾何学と幾何学的同型になる[50][注 21]。
なお、すでに見たように局所クライン幾何学は平坦かつ完備であり、しかもGが連結であれば局所クライン幾何学はカルタン幾何学として向き付け可能であるので、連結なGを考える場合は、これ以上条件を減らす事はできない。 なお、Gを固定すると、上述の定理が存在を保証するΓは共役を除いて一意に定まる:
定義 ― 、ををモデルに持つ2つの局所クライン幾何学とする。
このとき、M1とM2がクライン幾何学として幾何学的同型であれば、あるが存在し、であり、しかもM1とM2はgの左からの作用から誘導される[51]。
出典
- ^ #Sharpe p.61.
- ^ #Erickson 4.1節
- ^ #Tu p.247.
- ^ #Wendl3 p.89.
- ^ #Tu p.123.
- ^ a b #Tu p.198.
- ^ “中央大学大学院理工学研究科 数学特別講義第三 微分形式の可積分性”. p. 50. 2023年6月27日閲覧。
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- ^ #Erickson-2 p.3.
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- ^ #Alexandre p.39.
- ^ #Alexandre p.39.
- ^ a b c #Sharpe pp.362-364.
- ^ a b c #Sharpe p.199.
- ^ #Sharpe pp.196-197.なお、p.197の「ρ」はXがの元であることから「ρ*」の誤記であると判断。
- ^ a b #Sharpe p.119.
- ^ #Sharpe pp.208.
- ^ a b c d e f g h i j k l m #Sharpe pp.209-211.
- ^ #Alexandre p.69.
- ^ #Sharpe-2 p.67.
- ^ #Alexandre p.68.
- ^ #Sharpe p.212.
- ^ #Sharpe p.111.
- ^ a b c d #Sharpe pp.203-205.
- ^ a b c d e f g #Sharpe p.207.
- ^ #Sharpe-2 p.66
- ^ #Sharpe p.213.
- ^ #Sharpe p.216.
- ^ a b #Sharpe p.238.
- ^ #Sharpe p.234.に捩率が0の場合とそうでない場合にわけて考える旨の記載がある。
- ^ a b c #Sharpe pp.386-387.
注釈
- ^ カルタン幾何学を説明した日本語の文献が見つからなかったので、本項の専門用語はいずれも本項執筆者が暫定的に訳したものである。
- ^ 厳密には、M上の人と同一視できるのは、基底が右手系の場合だけで、左手系の場合はその人を"左右反転"する必要があるが、以後この問題は無視する
- ^ この定義ではという同一視を用いている。ここでeはGの単位元である。
- ^ をGの被覆空間とすると、とGは同型なリー代数を持つ。
- ^ [17]ではAdにこれ以上の仮定を課していないが、実際の議論ではAdがに対応するリー群Gの随伴表現のへの制限である事を用いているので、以下、本項でもこれを仮定する。なお、随伴表現はに対応するリー群Gの取り方に依存せずwell-definedである。
- ^ #Sharpe p.174によれば、この仮定は必須ではないが、この仮定を外しても特に得られるものはないとの事である。
- ^ クライン幾何学の定義ではが連結な事を仮定していたが、ここでそれは仮定しない[19]
- ^ が効果的でないと、の各ファイバーはと同型なものになってしまうため、H-主バンドルにならない。
- ^ a b クライン幾何学の場合はM上の左不変ベクトル場に相当する[43]。
- ^ 「捩率」という言葉にはアフィン接続の「捩率」と曲線の「捩率」という2つの異なる意味があるが、ここでいう捩率は前者に相当するものである。アフィン接続の捩率との関係は後述する。
- ^ カルタン幾何学が一階である事を利用しているのはの単射性を保証する部分だけであり、それ以外の部分は一階でなくても成立する。
- ^ なお、リー代数の分野では、が半単純なイデアルとアーベルなイデアルの直和で書けるときには簡約可能であると呼ぶが、本項で挙げた定義はこの簡約可能性とは別概念である[32]。なお、が単射で、しかもがこの意味で簡約可能であれば、は本項の意味で簡約可能である[32]。
- ^ なお、#Sharpe pp.364-365.は「接続形式⇒カルタン接続」の方ではを仮定しているが、証明を読めば分かるように、実際にはこの仮定は必要ない。#Sharpeもp.362.の定理のステートメントではこの仮定に触れておらず、単なるミスと思われる。また#Sharpeもp.362.ではカルタン形式をと表記しているが、この形に書けるのはユークリッド幾何学(もしくはより一般にアフィン幾何学)をモデル幾何学としている場合であり、一般の簡約可能なモデル幾何学の場合は必ずしもこの形に書けないので、ここもミスと判断した。
- ^ なおこの式の右辺は文献[37]では、Xの水平リフトをYとしてとしているが、これは本項で挙げたに等しい。理由は以下の通りである。まず普遍共変微分の定義よりであり、水平リフト(詳細は接続 (ファイバー束)を参照)とはとなるYの中でとなるもののことである。 そして本項のもとなり、しかものうち水平成分の方向のみを考えているので、。以上のことからである。
- ^ なお、に対しとなるpは複数あるため、 としてどのpにおける接ベクトルを取るかの自由度があるが、どのpにおける接ベクトルを選んでも結果は変わらない。
- ^ ここでは#Sharpe p.209.にあわせて「曲線の発展」という言い方にしたが、同書p.119.では同じ概念を「の発展」(英: development of ω along starting at g)という言い方をしている。前者がカルタン幾何学の説明であるのに対し、後者はダルブー導関数の説明に関するものである事が言い方を変えている理由であると思われるので、ここでは前者の言い方を採用した。
- ^ 文献[41]ではの定義域をループ空間ではなく基本群としているが、はホモトピー不変ではないので、定義域はループ空間であると判断。なお、文献[42]では定義域を基本群としているが、これはこの文献ではカルタン幾何学が平坦な事を仮定している為、がホモトピー不変になるからである。
- ^ a b すなわち、とに対し、Aを通るG上の左不変ベクトル場によるgからの1-パラメーター変換の軌跡の事。
- ^ [41]には「Gの元の1-パラメーター変換群」とあるが1-パラメーター変換群はリー代数に対して定義するものなので「の元の1-パラメーター変換群」の誤記と判断。
- ^ ユークリッド空間の合同変換群のリー代数から、を選び、の積分曲線のへの射影を考えると螺旋になる。
- ^ a b すでに指摘したように、モデル幾何学 のAdが に対応するリー群Gの随伴表現である事が暗に仮定されている。
- ^ 発展の定義はωがカルタン接続の場合に対して与えたが、一般にリー代数に値を取る1-形式に対しても同様にして発展の存在一意性を示すことができるので、「に関する発展」という言葉は意味を持つ。一般の場合の定理のステートメントはダルブー導関数の項目を参照。
- ^ 文献[48]ではPの連結を明示的には仮定していないが、Pが連結ではないとHorの定義が基点に依存してしまうため、暗に仮定されていると判断した。
- ^ 文献[48]のステートメントではGの連結性を明示していないが、証明中でGの連結性を使っているため、連結性を明記した。
- ^ #Sharpeでは、まず一般の1-形式ωに対し完備性を定義し、カルタン接続ωが完備な事をもってカルタン幾何学の完備性を定義している。ここでP上1-形式ωが完備であるとは、以下を満たす事を言う(#Sharpe pp.69. 129):P上の任意のベクトル場Xに対し、がによらず定数であれば、任意のおよび任意のに対しが定義可能である。ωがカルタン接続であれば、が定数となるベクトル場とはすなわち、for と書けるベクトル場の事であるので、ここで挙げた定義と一致する。なお文献[49]ではAが時間変化する事を許すより強い完備性の定義を採用している(が、両定義の関係については明記されていないので不明)。
- ^ ここでいう「定数倍を除いて一意」とは2つの計量g、g'に対し、Mの点uに依存しない定数kが存在し、となるという意味である。
- ^ ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学の場合にカルタン幾何学の意味での捩率がKoszul接続の捩率テンソルと同一な事はすでに示した。
- ^ 英語では、「捩率」はtorsion、「ねじれのない転がし」の「ねじれ」はtwistであり、両者は無関係な概念である。
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