カルタン幾何学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/31 00:51 UTC 版)
簡約可能なモデル幾何学に対するカルタン幾何学
本節ではモデル幾何学が「簡約可能」という性質を満たす場合にが対するカルタン幾何学の性質を見る。具体的にはモデル幾何学がユークリッド幾何学やアフィン幾何学の場合には簡約可能になる。
定義
まず簡約可能性を定義する:
なお、の取り方は一意とは限らないので注意されたい。
Gが2つのリー群の半直積で書けている場合は、G、Hに対応するモデル幾何学は、Bのリー代数をとして選ぶ事で簡約可能である[35]。
よって特にユークリッド幾何学の等長変換群は直交群と平行移動のなす群の半直積で書けるので対応するモデル幾何学は簡約可能である。アフィン幾何学も同様である。
カルタン接続の分解
ををモデル幾何学にする多様体M上のカルタン幾何学とする。モデル幾何学が、と簡約可能なとき、の元はの元との元の和で一意に表現できるので、カルタン接続も
のように「部分」と「部分」の和で書ける。この分解を用いると、カルタン接続と主接続の接続形式との関係性を以下のように記述できる:
定理 (簡約可能な場合のカルタン接続と接続形式の関係) ― をと簡約可能なモデル幾何学とし、Mを多様体とし、をH-主バンドルとする。
したがって、簡約可能なモデル幾何学の場合にはカルタン接続から主接続の接続形式が得られることになる。
一方、は
によりをと同一視すると、はと同一視でき、前述のように(カルタン幾何学が一階であれば)は標準形式であるとみなせる。
したがって分解はカルタン接続を接続形式と標準形式に分解するものであるが、実は逆に接続形式と標準形式からカルタン接続を復元できる:
定理 (一階で簡約可能な場合における接続形式からカルタン接続の再現) ― を一階のクライン幾何学で対応するリー代数の組がと簡約可能なものとする。Mを多様体とし、をTMの主バンドルとし、PをH-フレームバンドルFと前述の方法で同一視する。 さらにγをP=F上の接続形式とし、θをFの標準形式とする。
このとき、
前述した、カルタン接続から接続形式と標準形式とに分解する定理とは丁度「逆写像」の関係にあり、簡約可能で一階の場合はカルタン接続は接続形式と標準形式との組と1対1に対応する[36]。
Koszul接続
モデル幾何学が簡約可能である場合、上述したようにカルタン接続ωから定義されるはH-主バンドルPの接続形式になる。ベクトル空間V上のHの線形表現があれば、ベクトルバンドルとしての接続(Koszul接続)の一般論から、接続形式はM上のベクトルバンドルにKoszul接続を定める[37]。
よって特に、接バンドルは
と書けたので、はTM上のKoszul接続、すなわちアフィン接続∇を定める。
このことから分かるようにモデル幾何学がアフィン幾何学でなくても、簡約可能でありさえすればアフィン接続を誘導する。
しかし特にモデル幾何学がアフィン幾何学であれば、アフィン変換群Gの上の随伴表現は上のアフィン変換になる事を示す事ができ、この意味においてはアフィン空間のバンドルとなる。後述するように、この事実が例えばモデルがユークリッド幾何学の場合には重要になる。
普遍共変微分との関係
をベクトル空間V上のHの線形表現とし、がM上のベクトルバンドルに定めるKoszul接続を∇とする。
Eの切断sとに対し、となるが一意に存在し、fsはPからVへの関数とみなせる。
上記のようにはKoszul接続と関係するが、それに対しの方は自明なものになってしまう:
曲率の分解
本節ではモデル幾何学がと簡約可能でしかも
となっている場合、すなわちとしての部分リー代数になっているものを取れる場合に対し、曲率の「部分」と「部分」を具体的に書き表す。
先に進む前にこの条件を満たすモデル幾何学の具体例を述べる。例えばに対応するリー群Gが2つのリー群の半直積で書けている場合に、としてBのリー代数を取れば上述の条件を満たす。特に、モデル幾何学がアフィン幾何学である場合は、アフィン変換群は線形変換と平行移動のなす群の半直積で書け、しかもをBのリー代数とすると、
というより強い条件が成立する。モデル幾何学がユークリッド幾何学の場合も同様である。
曲率Ωはに値を取るので、曲率を
と「部分」と「部分」に分解する。商写像が同型になることから、という同一視をすると、
とがカルタン幾何学の捩率に対応する事が分かる。
とくにアフィン幾何学をモデルとするカルタン幾何学の場合、はアフィン変換群の並進部分であるに対応するリー代数であるので、アフィン幾何学をモデルとする場合、捩率とは並進に関する曲率であるとみなせる。
構造方程式
曲率の定義から、
が成立するので、仮定を使うと以下が成立する事が分かる:
定理 (分解した場合の構造方程式) ―
が接続形式に対応している事から、上記の定理の1つ目の式は、接続形式が定義する主接続に対する第二構造方程式である事がわかる。よって特に、は主接続の曲率形式である事がわかる。したがって
一方2本目の式においてはに一致し、標準形式θとして解釈できるので、モデル幾何学がアフィン幾何学である場合のようにであれば、2本目の式は
となり、第一構造方程式に対応している事が分かる。よってこの場合の捩率は接続形式がTMによって定まる主接続の捩率テンソルに一致する。
ビアンキ恒等式
前述したカルタン接続のビアンキ恒等式
を「部分」と「部分」に分解することで以下の定理が結論づけられる:
定理 (分解した場合のビアンキ恒等式) ―
が接続形式に対応している事から、上記の定理の1本目の式は接続形式が定義する主接続に関する第二ビアンキ恒等式である。
一方、2本目の式は、構造方程式の場合と同様、モデル幾何学がアフィン幾何学のようにを満たせば、
と第一ビアンキ恒等式に一致する。
出典
- ^ #Sharpe p.61.
- ^ #Erickson 4.1節
- ^ #Tu p.247.
- ^ #Wendl3 p.89.
- ^ #Tu p.123.
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- ^ #Erickson-2 p.3.
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- ^ #Alexandre p.39.
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- ^ a b c #Sharpe pp.362-364.
- ^ a b c #Sharpe p.199.
- ^ #Sharpe pp.196-197.なお、p.197の「ρ」はXがの元であることから「ρ*」の誤記であると判断。
- ^ a b #Sharpe p.119.
- ^ #Sharpe pp.208.
- ^ a b c d e f g h i j k l m #Sharpe pp.209-211.
- ^ #Alexandre p.69.
- ^ #Sharpe-2 p.67.
- ^ #Alexandre p.68.
- ^ #Sharpe p.212.
- ^ #Sharpe p.111.
- ^ a b c d #Sharpe pp.203-205.
- ^ a b c d e f g #Sharpe p.207.
- ^ #Sharpe-2 p.66
- ^ #Sharpe p.213.
- ^ #Sharpe p.216.
- ^ a b #Sharpe p.238.
- ^ #Sharpe p.234.に捩率が0の場合とそうでない場合にわけて考える旨の記載がある。
- ^ a b c #Sharpe pp.386-387.
注釈
- ^ カルタン幾何学を説明した日本語の文献が見つからなかったので、本項の専門用語はいずれも本項執筆者が暫定的に訳したものである。
- ^ 厳密には、M上の人と同一視できるのは、基底が右手系の場合だけで、左手系の場合はその人を"左右反転"する必要があるが、以後この問題は無視する
- ^ この定義ではという同一視を用いている。ここでeはGの単位元である。
- ^ をGの被覆空間とすると、とGは同型なリー代数を持つ。
- ^ [17]ではAdにこれ以上の仮定を課していないが、実際の議論ではAdがに対応するリー群Gの随伴表現のへの制限である事を用いているので、以下、本項でもこれを仮定する。なお、随伴表現はに対応するリー群Gの取り方に依存せずwell-definedである。
- ^ #Sharpe p.174によれば、この仮定は必須ではないが、この仮定を外しても特に得られるものはないとの事である。
- ^ クライン幾何学の定義ではが連結な事を仮定していたが、ここでそれは仮定しない[19]
- ^ が効果的でないと、の各ファイバーはと同型なものになってしまうため、H-主バンドルにならない。
- ^ a b クライン幾何学の場合はM上の左不変ベクトル場に相当する[43]。
- ^ 「捩率」という言葉にはアフィン接続の「捩率」と曲線の「捩率」という2つの異なる意味があるが、ここでいう捩率は前者に相当するものである。アフィン接続の捩率との関係は後述する。
- ^ カルタン幾何学が一階である事を利用しているのはの単射性を保証する部分だけであり、それ以外の部分は一階でなくても成立する。
- ^ なお、リー代数の分野では、が半単純なイデアルとアーベルなイデアルの直和で書けるときには簡約可能であると呼ぶが、本項で挙げた定義はこの簡約可能性とは別概念である[32]。なお、が単射で、しかもがこの意味で簡約可能であれば、は本項の意味で簡約可能である[32]。
- ^ なお、#Sharpe pp.364-365.は「接続形式⇒カルタン接続」の方ではを仮定しているが、証明を読めば分かるように、実際にはこの仮定は必要ない。#Sharpeもp.362.の定理のステートメントではこの仮定に触れておらず、単なるミスと思われる。また#Sharpeもp.362.ではカルタン形式をと表記しているが、この形に書けるのはユークリッド幾何学(もしくはより一般にアフィン幾何学)をモデル幾何学としている場合であり、一般の簡約可能なモデル幾何学の場合は必ずしもこの形に書けないので、ここもミスと判断した。
- ^ なおこの式の右辺は文献[37]では、Xの水平リフトをYとしてとしているが、これは本項で挙げたに等しい。理由は以下の通りである。まず普遍共変微分の定義よりであり、水平リフト(詳細は接続 (ファイバー束)を参照)とはとなるYの中でとなるもののことである。 そして本項のもとなり、しかものうち水平成分の方向のみを考えているので、。以上のことからである。
- ^ なお、に対しとなるpは複数あるため、 としてどのpにおける接ベクトルを取るかの自由度があるが、どのpにおける接ベクトルを選んでも結果は変わらない。
- ^ ここでは#Sharpe p.209.にあわせて「曲線の発展」という言い方にしたが、同書p.119.では同じ概念を「の発展」(英: development of ω along starting at g)という言い方をしている。前者がカルタン幾何学の説明であるのに対し、後者はダルブー導関数の説明に関するものである事が言い方を変えている理由であると思われるので、ここでは前者の言い方を採用した。
- ^ 文献[41]ではの定義域をループ空間ではなく基本群としているが、はホモトピー不変ではないので、定義域はループ空間であると判断。なお、文献[42]では定義域を基本群としているが、これはこの文献ではカルタン幾何学が平坦な事を仮定している為、がホモトピー不変になるからである。
- ^ a b すなわち、とに対し、Aを通るG上の左不変ベクトル場によるgからの1-パラメーター変換の軌跡の事。
- ^ [41]には「Gの元の1-パラメーター変換群」とあるが1-パラメーター変換群はリー代数に対して定義するものなので「の元の1-パラメーター変換群」の誤記と判断。
- ^ ユークリッド空間の合同変換群のリー代数から、を選び、の積分曲線のへの射影を考えると螺旋になる。
- ^ a b すでに指摘したように、モデル幾何学 のAdが に対応するリー群Gの随伴表現である事が暗に仮定されている。
- ^ 発展の定義はωがカルタン接続の場合に対して与えたが、一般にリー代数に値を取る1-形式に対しても同様にして発展の存在一意性を示すことができるので、「に関する発展」という言葉は意味を持つ。一般の場合の定理のステートメントはダルブー導関数の項目を参照。
- ^ 文献[48]ではPの連結を明示的には仮定していないが、Pが連結ではないとHorの定義が基点に依存してしまうため、暗に仮定されていると判断した。
- ^ 文献[48]のステートメントではGの連結性を明示していないが、証明中でGの連結性を使っているため、連結性を明記した。
- ^ #Sharpeでは、まず一般の1-形式ωに対し完備性を定義し、カルタン接続ωが完備な事をもってカルタン幾何学の完備性を定義している。ここでP上1-形式ωが完備であるとは、以下を満たす事を言う(#Sharpe pp.69. 129):P上の任意のベクトル場Xに対し、がによらず定数であれば、任意のおよび任意のに対しが定義可能である。ωがカルタン接続であれば、が定数となるベクトル場とはすなわち、for と書けるベクトル場の事であるので、ここで挙げた定義と一致する。なお文献[49]ではAが時間変化する事を許すより強い完備性の定義を採用している(が、両定義の関係については明記されていないので不明)。
- ^ ここでいう「定数倍を除いて一意」とは2つの計量g、g'に対し、Mの点uに依存しない定数kが存在し、となるという意味である。
- ^ ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学の場合にカルタン幾何学の意味での捩率がKoszul接続の捩率テンソルと同一な事はすでに示した。
- ^ 英語では、「捩率」はtorsion、「ねじれのない転がし」の「ねじれ」はtwistであり、両者は無関係な概念である。
- 1 カルタン幾何学とは
- 2 カルタン幾何学の概要
- 3 準備
- 4 定義と基本概念
- 5 簡約可能なモデル幾何学に対するカルタン幾何学
- 6 曲線の発展
- 7 クライン幾何学との関係
- 8 ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学
- 9 参考文献
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