エレウシスの秘儀
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後世への影響
キリスト教
ドイツの歴史家ハンス・クロフトによると、エレウシスの秘儀は廃れたが、その信仰の要素はギリシャの片田舎で生き残った。デーメーテールの儀式と宗教的役割は、農民や羊飼いたちによって部分的にテサロニケの聖デメトリオス[注釈 11]として移され、聖デメトリオスは徐々に地方の農業の守護者として、異教の女神の「後継者」となった[35]。
死と再生を記念する儀式としてのエレウシスの秘儀は、後のキリスト教的秘義を先取りするものとする指摘もなされている。例えば『ヨハネによる福音書』における「一粒の麦の譬え」[注釈 12]にいう「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ。」との教えは、自然界のサイクルを背景にしたエレウシスの秘儀との共通点が見られる[90]。また、マリア像における「麦穂のマリア」は、キリスト受胎の過程で救いの麦(生命のパン)を成育する「聖なる器」の暗示としてガウンに麦穂があしらわれており、地母神としてのデーメーテール崇拝が初期キリスト教に融合された結果、マリアの様相のひとつとして息づいている例とされる[91]。
エレウシスの秘儀を題材にした現代作品
- オクタヴィオ・バスケスの交響曲「エレウシス」(2009年):スペイン著者・出版社協会及びRTVE交響楽団からの委嘱作品として作曲された。2015年に同オーケストラとエイドリアン・リーパーの指揮によって初演[92]。
- 現代ギリシャの詩人ディミトリス・リアコス(1966年 -)による『ポエナ・ダムニ』三部作の第2部『橋から来た人々』(2014年):集団救済のテーマのもとに、エレウシスの秘儀と初期キリスト教の伝統の要素を結合させている。また、地下の死者の住まいから生者の世界への定期的な帰還を暗示するものとして、ザクロが象徴的に用いられている[93]。
- 咲間貴裕の『吹奏楽のためのエレウシスの祭儀』:第10回全日本吹奏楽連盟作曲コンクール第1位作品として2018年は日本全国の吹奏楽団によって演奏される。
注釈
- ^ コレーはペルセポネーの別称で、「娘」または「乙女」の意味。
- ^ エレウシスの地名の起源として想定されていた英雄名エレウシーノスあるいはエレウシースの神殿[11]。
- ^ デスポイナ女神はデーメーテールとポセイドーンの娘で、デーメーテールは放浪中に女神を身ごもったと伝えられている[36]。
- ^ 『挽歌』断片10
- ^ 断片719 Dindorf, 348 Didot
- ^ en:George E. Mylonas(1898年 - 1988年)はギリシャの考古学者。
- ^ イアッコスとはアテナイ及びエレウシスにおけるバッカスの密儀に関わる神の名前であり、その名を冠した騒々しい祭の歌あるいは儀式の叫び声が人格化したものと考えられている。バッコイやイアッコスはいずれもディオニューソスと関係がある呼び名だが、密儀におけるディオニューソスの役割については議論がある[75]。
- ^ 研究者によっては、子宮や陽根あるいは蛇の模型など農耕文化に特徴的な性的シンボリズムに結びついた遺物であったと信じている者もいるが、いずれも仮説の域を出ない[77]。
- ^ Dietrichによれば、「力強いポトニア(女主人)が偉大な息子を産んだ」[2]。ポトニアはミュケナイの女神の称号であり[78]、おそらく同様の意味を持つ前ギリシア語を起源に持つ[79]。
- ^ なお、ホメーロスの叙事詩では別の表現となっている。『イーリアス』(XI, 638 - 641)では、プラムニアのワイン、大麦及び粗挽きのヤギのチーズで作られるとし、『オデュッセイアー』(X, 234)では、これに魔女キルケーが蜂蜜を加え、魔法の薬を注いでいる。
- ^ デメトリオスはデーメーテールの男性形。
- ^ ヨハネによる福音書 XII. 20-26
出典
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