アスキーネット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/09 14:09 UTC 版)
概要
パソコン関連出版社のアスキーが1985年に実験サービスとしてパソコン通信ホストを開局した。有料化後は4種類のサービスに分かれていたが後に統合された。Windows 95が発売されて以降、インターネットの利用が広まるにつれ他の商用パソコン通信と同じくインターネット接続機能も取り入れるようになったが、利用者数が伸びず1997年にサービスを停止した。
沿革
- 1985年
- 1986年
- 1987年
- 1988年6月 利用料金改定
- 1990年7月10日 アスキーネットDPI運用開始
- 1992年
- 1994年
- 1995年9月1日 アスキーネット関西センター開設
- 1996年
- 1月31日 WorldTALKによるWWWサービス開始
- 5月15日 ダイヤルアップIP接続サービス開始
- 1997年
システム
ホスト側で多くの機能をもっていた。
プロフィール
全てのユーザーが固定IDを持ち、またアクティブユーザーは全体で数百名〜数千名だったため、ソーシャルネットワークとしての機能もあり、各人が趣向を凝らしたプロフィールを持っていた。このプロフィールは簡単なコマンドで参照することができた。
電子掲示板
有料化後の電子掲示板はハイパーノーツ(HyperNotes)と呼ばれる形式を採用した。各掲示板(sig)には利用者が主題ごとに自由にノート(現在のインターネット掲示板で言うスレッドとほぼ同じもの)を追加可能で、他の利用者はそのノートにレスポンスを追加する事が出来た。NIFTY-ServeやPC-VANなど当時の他の商用パソコン通信では、掲示板は運営側が用意したもののみで、利用者はそこに雑多なレスポンスをごちゃ混ぜに付けていくシステムが多かったのに対し、話題ごとにノートが整理されるこのシステムは機能や使い勝手などが評価されて後にmmmやWANI-BBSなどの草の根ネット用のホストシステムで同様の機能が実装された。さらに、後のマルチスレッド掲示板システムにも影響を与えたと考えられる。
ハイパーノーツ内の各コマンドはワンキーアクションを採用し、1文字で規定されているコマンドの入力後にはエンターキーを押す必要はない。
ホスト側で利用者ごとにノート単位・レスポンス単位で既読・未読の管理を行うことも可能になっていた。上記のハイパーノーツと併せて、特殊なツールやログ管理ソフト等を使用せず、通信ソフトのみで掲示板での意見交換を楽しむことができるホストシステムとなっていた。しかし、当時のホストコンピュータの能力ではこういった多機能を実現するにはかなり負荷が高く、会員数の割には動作が重い時期もあったことも否めない。
ライブラリ
ソフトウェアやデータなどを保管するライブラリはプール(pool)と名付けられていた。手順はTransIt(ダウンロード及びアップロード)、ZMODEM(ダウンロードのみ)が利用できた。
電子メール
当初は利用者間のみのメールシステムであったが、後にインターネットとのメール交換も可能となっていた。メールアドレスは、IDがnet12345のユーザーの場合、net12345@asciinet.or.jpというアドレスになっていた(現在はドメイン廃止済み)。
チャット
voiceと名付けられていた。
データベース
poolと呼ばれるオンラインソフト等のアップロード・ダウンロード用データベースが設けられていた。
また、インターネットとの相互接続後は、パーソナルスペースと呼ばれる個人用データスペースが用意され、ftp等で一時的にパーソナルスペースにデータをダウンロードし、それをパソコン通信ソフトで自分のPCにダウンロードすることで、FTPクライアントソフトを使用しなくてもインターネットからデータを落とすことができるよう工夫されていた。
オートパイロット
オンラインゲーム
BSD用Rogueが最初に公開された。一般ユーザーがローグライクゲームに接する初の機会であったため大流行した。当時60程しかなかった回線を圧迫したため後に公開が終了となった。その後もゲーム内で死亡した時に出る墓石のAAをチャット中に寝てしまったユーザーの墓標としたり、ID停止状態のユーザーを揶揄するために使うことも多かった。
__________ / \\ / REST \\ / IN \\ / PEACE \\ / \\ | pcs13030 SAGANO | | | | a total winner | | | | 2008 | *| * * * | * ________)/\\\\_//(\\/(/\\)/\\//\\/|_)_______
chatルームを利用しリアルタイムにデーターを渡す戦闘ゲーム『晴れた日は公園に行こう。』が流行した。
有料化後にはGFT(Galactic Free Traders)という、他の利用者と競い合い、ゲーム空間内でお金を儲けながらゴールを目指すオンラインゲームが提供されていた。
インターネット関連
インターネットへの接続機能が順次拡大された。
電子メール
WWW
Windows 3.1以降では無手順のパソコン通信接続の形態でもWorldTALKによりWebブラウジングが可能であった。また、利用者へのWebページ開設サービスも存在した。HTMLファイルがパソコン通信側からもアップロード可能であった(他の商用パソコン通信ではftpによるアップロード)。
telnet
利用料金の差により、アスキーネットへ接続してからNIFTY-Serveへtelnetで接続した方がNIFTY-Serveの高速アクセスポイントへ普通に接続するより高速で安くなるなどという事があった。
アクセスポイント
各地にアクセスポイントが設けられていた。Tri-P,TYMPASのアクセスポイントが使用できた。また東京直通アクセスポイントが存在した。高速規格モデムが登場する毎に素早い対応が行われた。
初期には東京のみにしかアクセスポイントがなく、また通話料割引サービスも存在しなかったため、地方からアクセスした利用者の月額電話代が高額になる事も多かった。ある関西のユーザーは毎月10万円以上の電話料を払い続け、東京に引っ越しアスキーネットのcbbs opとなった。また、Rogueのハイスコアランキングでトップの常連だった北陸の高校生は月額80万円という最高額記録を作った。東京の多くのアクティブユーザーも月額数万円は普通のことであった。
- ^ “アスキーネットが8月でサービス終了”. INTERNET Watch (1997年5月2日). 2012年9月3日閲覧。
- 1 アスキーネットとは
- 2 アスキーネットの概要
- 3 歴史
- 4 特徴
- 5 関連項目
- アスキーネットのページへのリンク