民間伝説
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民間伝説によれば、明の滅亡後に長平公主は尼になり、武芸を身につけ、「独臂神尼」と名乗って反清復明運動に参加し、呂四娘などを弟子としたというが、無論すべて虚構の話である。金庸の小説『碧血剣』の阿九、『鹿鼎記』の九難や、梁羽生の『江湖三女侠』の独臂神尼は、この伝説を元にしている。
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民間伝説
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民間伝説によると、趙雲は「白龍」(はくりゅう)(もしくは白龍駒、はくりゅうく)という名前の白い駿馬を愛馬にしていたという。『子龍池』という話では、この馬は昼は千里を、夜は五百里を走ることができ、趙雲とは意思疎通ができたといわれるほど愛されたという。子龍池は趙雲の家の裏に在り、白龍とともに趙雲が傷を癒したという。後に子龍池を、民や負傷兵らも傷が癒せるように解放し、大変喜ばれている。 また「涯角槍」(がいかくそう)という槍を得意としていたとなっている。『三国志平話によると、長さ九尺(約3メートル)で趙雲が「生涯に敵う者なし」という意味で名付けたことになっている。同説話ではこの槍で、張飛と互角に一騎討ちをしている。 妻の身分は不詳。民間伝承によると、趙雲の妻に孫軟児なる夫人がおり、この夫人が戯れに刺繍針で趙雲の身体をつついたところ、血が止まらなくなり死んでしまった。河北梆子劇『青釭剣』によると、趙雲の妻に李翠蓮の名が見られる。 上記は正史·『演義』では一切語られていないが、白龍の話は、映画『レッドクリフ』で採用されている。軟児の名は、映画『三国志』で採用されている。
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