モンズーンとは? わかりやすく解説

モンズーン

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/16 09:59 UTC 版)

モンズーン
現役期間 1992年 - 1995年
欧字表記 Monsun
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 黒鹿毛
生誕 1990年3月4日
死没 2012年9月11日(22歳没)
父 Konigsstuhl
母 Mosella
母の父 Surumu
生国 西ドイツ
(バイエルン州)
生産者 イーザルラント牧場[1]
馬主 ゲオルグ・フォン・ウルマン男爵[1]
調教師 ハインツ・イエンチ(ドイツ語版)[1](ドイツ)
競走成績
生涯成績 23戦12勝(総合)
21戦12勝(ドイツ)
1戦0勝(イギリス)
1戦0勝(フランス)
獲得賞金 208万8594DM
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モンズーン (Monsun) は西ドイツで生産された競走馬。ドイツで2400メートルのG1競走を3勝し[1]、引退後は種牡馬として成功を収めた。

モンズン[2]、モンスン、モンスーンなどと表記される場合もある。

経歴

競走馬時代

1992年、1993年(2歳、3歳)

2歳時の1992年8月に競走馬デビュー戦を迎え、デビュー初戦で初勝利を挙げた。その後は一般競走を3戦走り1勝して2歳を終えた。

3歳時の1993年は、4月にシュタイゲンベルガーホテル大賞 (G3) をペーター・シールゲンの騎乗により制し重賞競走初勝利を挙げ、準重賞競走で2着、ヘルティ大賞 (G2) と準重賞競走を連勝して7月にはドイチェスダービーに挑んだが、同じ厩舎に所属するランドに敗れて[1]2着だった。その後マイケル・キネーンが騎乗してアラルポカルを制してG1競走初勝利を挙げると、次走の一般競走1着を経て9月にオイロパ賞を制してG1競走2勝目を挙げた。オイロパ賞後はレースに出走しなかったが当年にG1競走を2勝したことが評価されてドイツの年度代表馬に選出された。

1994年(4歳)

復帰戦となった5月のゲルリンク賞 (G2) を制したもののその後はG1戦線で惜敗が続いたが、9月にオイロパ賞連覇を達成した。

1995年(5歳)

前年と同じく4月のゲルリンク賞 (G2) から始動して連覇を達成し、5月のバーデン経済大賞 (G2) で6着を経て、6月にハンザ賞 (G2) を制して重賞競走8勝目を挙げた。しかし次走の8月に行われたアラルポカルでウインドインハーヘアに敗れて6着となり、この競走を最後に競走馬を引退した。

種牡馬時代

6歳となった1996年より種牡馬となり、ドイツにあるシュレンダーハン牧場で繋養された。

産駒は初年度の1997年に誕生したサムムが自身が勝てなかったドイチェスダービーを2000年に制すなど初年度産駒から活躍馬を輩出し、その後もドイツを中心に産駒が活躍しており、2002年にはドイツのリーディングサイアーとなっている。また、サムムを含め後継種牡馬も多く残しブランドフォード系の中でのほぼ唯一の隆盛血統となっている。

日本には2011年現在競走馬としての産駒はピュアブリーゼ(2011年優駿牝馬2着)などがいる。繁殖牝馬としての産駒も数頭輸入されており、G1を6勝したスタセリタの産駒であるソウルスターリングが2016年の阪神ジュベナイルフィリーズを優勝している。

2012年9月11日、重度の急性神経疾患を発症したことにより安楽死処分された[1]。22歳だった。

年度別競走成績

  • 1992年(2歳) 4戦2勝
  • 1993年(3歳) 8戦6勝
    • 1着 シュタイゲンベルガーホテル大賞 (G3) 、ヘルティ大賞 (G2) 、アラルポカル (G1) 、オイロパ賞 (G1)
    • 2着 ドイチェスダービー (G1)
  • 1994年(4歳) 7戦2勝
    • 1着 ゲルリンク賞 (G2) 、オイロパ賞 (G1)
    • 2着 アラルポカル (G1) 、バーデン大賞 (G1) 、コンセイユドパリ賞 (G2)
  • 1995年(5歳) 4戦2勝
    • 1着 ゲルリンク賞 (G2) 、ハンザ賞 (G2)

表彰

  • ドイツ年度代表馬(1993年)
  • ドイツリーディングサイアー(2002年、2004年、2006年の計3回)

主な産駒

母父としての主な産駒

血統表

モンズーンの血統バーラム系(ブランドフォード系) / Kaiserkrone・Kaiseradler 4×4=12.50%、Hyperion 5×5=6.25% (血統表の出典)
父

Konigsstuhl
1976 黒鹿毛
父の父
Dschingis Khan
1961 鹿毛
Tamerlane Persian Gulf
Eastern Empress
Donna Diana Necker
Donatella
父の母
Konigskronung
1965 黒鹿毛
Tiepoletto Tornado
Scaret Skies
Kronung Orymp
Kaiserkrone
母

Mosella
1985 鹿毛
Surumu
1974 栗毛
Literat Birkhahn
Lis
Surama Reliance
Suncourt
母の母
Monasia
1979 鹿毛
Authi Aureole
Virtuous
Monacensia Kaiseradler
Motette F-No.8-a


半妹Morning Light(父Law Society)の産駒に2017年仏2000ギニー・仏ダービー勝ちのブラムトがいる。

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n Stevens, Martin (2012年9月12日). “Outstanding German sire Monsun dies aged 22” (英語). Racing Post. 2013年1月2日閲覧。
  2. ^ “外国馬情報 エリザベス女王杯(GI)出走予定 外国馬プロフィール トレラピッド号”. 日本中央競馬会 (2008年). 2013年1月2日閲覧。

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