F3規格の導入
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その後、1983年より国際格式のF3マシンによって行われるようになって以来、各国のF3選手権の上位者が集結し、「F3世界一決定戦」として扱われるようになりその知名度、格ともに世界有数のものとなった。 なお1990年から1993年にかけては、マカオグランプリの2週間前に富士スピードウェイで行われる「インターナショナルF3リーグ」と併せて、日本やイギリス、ドイツ、イタリア、フランスなどの世界のF3選手権の上位入賞者を集めた「F3世界一決定戦」シリーズとして開催されたこともある。 実際に、アイルトン・セナ(1983年優勝)やミハエル・シューマッハ(1990年優勝)、デビッド・クルサード(1991年優勝)、ラルフ・シューマッハ(1995年優勝)、佐藤琢磨(2001年優勝)など多くのレーシングドライバーがここで勝利を挙げた後にF1へとステップアップするなど、若手ドライバーにとっての登竜門的存在のレースとなっている。マカオGP公式サイトでは2003年以降毎年、現役のF1ドライバーのうち何人がマカオGP経験者であるかを紹介している。
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