アセトン【acetone】
アセトン
アセトン
化合物名や化合物に関係する事項: | アセチレン アセトアルデヒド アセトシリンゴン アセトン アゾ基 アデニン アデニンアラビノシド |
アセトン
(ACE TONE から転送)
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アセトン | |
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識別情報 | |
CAS登録番号 | 67-64-1 ![]() |
KEGG | D02311 ![]() |
特性 | |
化学式 | C3H6O |
モル質量 | 58.08 |
示性式 | CH3COCH3 または (CH3)2CO |
外観 | 無色液体 |
密度 | 0.788 (25 ℃) [1] |
融点 | −94 ℃[1] |
沸点 | 56.5 ℃[1] |
水への溶解度 | 任意に混和する |
酸解離定数 pKa | 20(水中) |
屈折率 (nD) | 1.3591 (20 ℃, D)[1] |
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。 |

アセトン (acetone) は有機溶媒として広く用いられる有機化合物で、もっとも単純な構造のケトンである。IUPAC命名法では プロパン-2-オン (propan-2-one) [2]あるいは単にプロパノン。両親媒性の無色の液体で、水、アルコール類、クロロホルム、エーテル類によく溶け、ほとんどの油脂もよく溶かすことができる。蒸気圧が20 ℃において24.7 kPaと高いことから、常温で高い揮発性を有し、強い引火性がある。ジメチルケトンとも表記される[2]。
解説
アセトンは、ブドウ糖の嫌気的発酵の一つであるアセトン-ブタノール-エタノール発酵によって生成するほか、人体でも正常な代謝プロセスの結果としてケトン体から自然に生成され排出される物質で、生殖毒性試験では生殖問題を起こす可能性が低いことが明らかになっている。実際に、エネルギー必要量が高く体内の脂肪の利用が高まるとアセトンの生成レベルも高くなることから、妊婦、授乳中の母親、および小児の体内アセトンのレベルは自然と上昇する。糖尿病患者が糖尿病性ケトアシドーシスに陥った時には大量に生成して、呼気がアセトン臭を呈する。難治性てんかんを患う乳児や小児のてんかん発作を減少させるため、体内のケトン体を増加させるケトン食療法が行われているが、アセトンの薬理効果を期待したものではない。
関連法規
- 消防法により危険物第四類(第一石油類 危険等級2 水溶性)に指定されている。指定数量以上の貯蔵・取扱には市町村長等の許可が、指定数量の1/5以上指定数量未満の貯蔵・取扱には消防署への届出が必要で、指定数量以上の取り扱いには危険物取扱者乙四類か、甲種免許所持者でなければならない。
- 麻薬向精神薬原料対象物質
- 有機溶剤中毒予防規則により第二種有機溶剤に指定されている。
製造
酢酸カルシウムの乾留や、クメン法によるフェノール製造の過程で、クメンヒドロペルオキシド (C6H5C(CH3)2OOH) の酸分解の段階において、アセトンが副生物として得られる。また、2-プロパノールを酸化亜鉛などの触媒存在下に脱水素、あるいは空気酸化して得られる酸化物を分解することによっても得られる。プロピンに水を付加することでも得られる。プロピレンをワッカー酸化によってアセトンとする方法も用いられる。
アセトンから出発する有機合成の需要は比較的少なく、クメン法などに伴い副生するアセトンの産量は過剰である。このため概して価格は安い。
合成アセトンの 2016年度日本国内生産量は 406,620 t、工業消費量は 146,709 t である[3]。
歴史的には、初期の製造法では木材を乾留して得られる木タールを蒸留して得ていたが、この方法では生産量が少なく、アセトンは高価な試薬であった。無煙火薬が発明されるとコルダイトを製造するための溶媒として大量に必要になり需要が激増した。ハイム・ワイツマンが第一次世界大戦中に、ブドウ糖にバクテリアの1種クロストリジウム・アセトブチリクムを作用させるバクテリア発酵法を発明し、イギリス軍に提供した。
危険性
危険有害性情報として「引火性の高い液体及び蒸気、眼刺激、生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑い、眠気又はめまいのおそれ、呼吸器への刺激のおそれ、長期又は反復ばく露による血液の障害のおそれ、飲み込み・気道に侵入すると有害のおそれ」、MSDS に「眼の刺激性、中枢神経への影響あり」と表示される。吸引すると頭痛、気管支炎などを引き起こし、大量だと意識を失うこともある。ラットの半数致死量 (LD50) は 10.4 mL/kg(経口)[4]。 ヒト経口推定致死量は50 - 75mL。
経口摂取および、または吸引された場合、低い急性および慢性毒性を持つことが一般的に認識されている。空気中の高濃度アセトン(9200 ppm 前後)の吸引は、早ければ5分以内でヒトの喉に刺激を与えた。濃度1000 ppm を吸引すると、1 時間未満で目と喉に刺激を与えたが、空気中濃度 500 ppm のアセトンの吸引は、2 時間の暴露後もヒトに刺激症状を引き起こさなかった。発癌物質や変異原性化学物質とは見なされておらず、慢性神経毒性作用の懸念もないとされている。
用途
ほとんどの有機溶媒、水、油と混和するので、本来混じり合わない液体同士を混ぜ合わせる際のカップリング剤となる。加えて、沸点が低く乾きやすいため、有機化学研究の分野で器具の洗浄にも使われる。また、1,2-ジオールのアセトニド保護にも使われる。アメリカとヨーロッパの共同研究により、アセトンの「健康被害はわずか」であることが判明している。
付け爪用リムーバー、除光液、スプレーペイントや染み抜きなど一般的に使用される製品での「当然予期される子供へのアセトンの暴露」に対する広範囲な研究も行われたが、子供の環境、および消費者製品によるアセトンの暴露は、重大な健康リスクを引き起こす可能性は少ないという結果となった。子供の体内に存在するアセトンの 90 パーセントは、体内で自然に生成されるものであることも特定された。残り10 パーセントは、たまねぎ、ブドウ、カリフラワー、トマト、牛乳、チーズ、豆類およびサヤエンドウといった自然食品源のほか、母乳からのものである。
- 生物学に関連する諸分野
- 生物組織の脱水、脱脂、固定、標本作成などに用いられることがある。生物遺体の水分を合成樹脂に置き換えて標本にするプラスティネーション処理を行う際には、合成樹脂を含浸させる前に水分と脂肪分を全てアセトンに置き換える。植物化石の組織構造を連続切片プレパラート標本として得るためのピール法では、アセテートフィルムを膨潤軟化させる溶剤としてアセトンが用いられる。
- 生化学や分子生物学に於いて、水溶液として得られたタンパク質の沈殿精製に脱水剤として用いられる。
- 化学原料
- アセトンは、メタクリル酸メチル (MMA) の原料として用いられる。
- 溶媒と酸化剤とを兼ねるかたちで、オッペナウアー酸化(Oppenauer oxidation、トリアルコキシアルミニウム触媒により 2級アルコールからケトンを生成する酸化反応)にて用いられる。
- アセトンをしかるべき反応条件で酸化させると、過酸化アセトン、あるいはジメチルジオキシランを生じる。
- 高圧ガス関連技術
- 工業においては、単体では容易に分解やそれによる爆発を起こしやすいアセチレンを、ガスボンベ内で安定な状態で保つために容器内にアセトンが使われる。まずガスボンベ内にケイ酸カルシウムを入れ、次にアセトンをボンベ内に入れることでケイ酸カルシウムにアセトンを吸着させる。その吸着しているアセトンにアセチレンを溶解することで、ボンベ内で比較的安定に保つことができる。
- 食品添加物
- メタノールと同じく食品添加物や食品包装の成分としてもリストされている。飲料、焼き菓子、デザートやジャムに濃度 5~8 mg/L の範囲で使用されている場合は、GRAS(一般的に安全と認められる)物質として評価されている。しかしアセトンやメタノールなどの毒性の高い食品添加物は残存量が規定されている[5]。
- 医学的および美容用途
- 医療オフィスやメディカルスパでの肌の活性化プロセスによく使用される[要出典]。
- マニキュアの除光液やプラスチック系接着剤、塗料の溶剤、瞬間接着剤のはがし液など多くのものに含まれている。マニキュアの除光液は脱脂性が強いため爪を劣化させることがあり、ノンアセトンタイプの除光液も発売されている。
- ケミカルピーリングを行う際の、皮膚の脱脂用途として用いられる。これには、アセトン、Septisol(ヘキサクロロフェン)、またはこれら化学物質の組み合わせがよく使用される[要出典]。
参考文献
- ^ a b c d Merck Index 14th ed., 66.
- ^ a b 国際化学物質安全性カード ICSC:0087
- ^ 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編
- ^ Merck Index 13th ed., 67.
- ^ 厚生労働省・食品添加物 (PDF)
参照資料
- アセトン MSDS - 内藤商店
- 国際化学物質安全性カード アセトン (ICSC:0087) 日本語版(国立医薬品食品衛生研究所による), 英語版
- 『アセトン』 - コトバンク
- アセトン (試薬) JISK8034:2006
エース電子工業
(ACE TONE から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/14 21:25 UTC 版)
エース電子工業株式会社 (Ace Electronic Industries Inc.) は、大阪府大阪市住吉区(現:住之江区)に、かつて存在した日本の電子楽器メーカーである。
概要
エース電子工業は、1960年に梯郁太郎が当時の阪田商会社長の深い理解を得て阪田商会他の出資に基づいて設立した電子楽器メーカーで [1]、ACE TONE (エーストーン)はその製品ブランドだった。主力製品は電子オルガン、リズムマシン、ギターアンプ、エフェクターで、海外輸出も行い、一部はOEM供給していた。1972年梯退社に伴い、阪田商会系列の日本ハモンドがACE TONEブランド (一説にはエース電子工業の製造・販売部門) を引き継ぎ [2]、以降少なくとも2つのシンセサイザーを発売した。しかしその製品詳細は、ACE TONEのOEM供給情報と同様に極めて情報が少ない [3][4]。海外で半ば都市伝説と化している「ローランドからの製品供給の可能性」の検証も含め、今後の解明が期待される。
エース電子工業の最初の製品、1962年の Ace Tone Canary S-2 (キャナリーS-2)は真空管式で単音の電子オルガンだった [5]。しかし当初は充分な販路が得られず、阪田商会のつてで松下電器(現パナソニック)へOEM供給を行い、1963年テクニトーン初代機種SX-601[6]が発売された。
1963年にはギター・アンプの製造販売を開始、後にエフェクター (FUZZ MASTER) も発売し、ビートルズやグループ・サウンズのブームで国内で知名度を高めた[7]。
1964年には手動ボタン式の電子パーカッション楽器 R1 Rhythm Ace (R1 リズムエース)を開発し、Canary S-2と共に シカゴ Summer NAMM 1964 に出品している[8][9]。ただしR-1は、先行他社リズムボックス (Wurlitzer SideMan (1959年), KORG Donca Matic (1963年), Seeburg rhythm unit (1960年代)等) の主要機能だったプリセット・リズムを備えておらず、製品化もされなかった[10]。
梯の著書“I believe in music”[11] には、出展が決まり急遽初渡米し、NAMM会場(ホテル居室)に展示ブースを設置した様子や、最初の訪問者としてチャーミングだけど謎のカップル(著書に「ダーマ&グレッグ」の登場人物風の写真がある)が現れ、梯が戸惑いながら対応した様子がユーモラスに描写されている。この他著書には、NAMM参加の大きな収穫として、アメリカの楽器卸売会社 Peter Sorkin Music Company (以降Sorkin Music)の Saltzmanと出会った事も明記されている。Sorkin Musicはその後、エース電子工業やローランドの初期の米国代理店として、約10年にわたり梯の重要なビジネスパートナーとなった。
1965年にはACE TONEブランドのコンボオルガンTOP-3を発売、以降シリーズ製品としてTOP-5/TOP-7/TOP-8、1968年にはTOP-1/TOP-9、その後 TOP-6、と相次いで新モデルを投入し、輸出も行うようになった[12][13]。この他海外では、家庭用小型電子オルガン(ACE TONE B-422[14]、その他[15][16])の存在も確認されている。
また1967年前後にリズムマシンの電子化に必須のダイオード・マトリックス回路を独自開発、同社初のプリセット・リズム付きリズムマシンRhythm Ace FR-1を発売した。FR-1は後発製品ではあったが市場に好意的に受け入れられ、1967年アメリカのハモンド・オルガンの製品オプションに採用されるに至り、ついにACE TONEの黄金期が始まった。
1968年エース電子工業はハモンドと資本提携し、伝説的な国際販売組織ハモンド・インターナショナル・カンパニー(H.I.C.)との合弁会社「ハモンド・インターナショナル・ジャパン」(H.I.J.)を設立、ハモンドの日本総代理店を開始した[7]。なお1970年には主要株主 阪田商会もハモンドと提携して合弁会社「日本ハモンド」を設立、H.I.J.の業務を引き継ぐとともに、電子オルガン製品のOEM製造・輸出を活発化した[1]。
Sound on Sound 2002年11月記事[17]によれば、ハモンド製造元のハモンド・オルガン・カンパニー(H.O.C.)はエース電子工業に対し、伝統あるトーンホイール式ドローバー・オルガンHammond B-3とその派生機種の製造・供給を委託する提案をした。しかし梯は同方式の衰退傾向とコスト上昇を理由に提案を断ったと言う。また一説には、梯はハモンドのために苦労して電子オルガン用オシレータを開発したが、結局ハモンドはそれを採用せず、代わりに自社で製品化したという。
いずれにせよエース電子工業は、電子方式でハモンド伝統スタイルとその課題(可搬性)に挑戦し、1971年ドローバー・タイプの本格的コンボオルガン ACE TONE GT-7 [18][19][20]、GT-5[21]を発売した。これらの製品は「Hammond Porta-B (軽量版B-3) [22]へのACE TONEの回答」としてユーザに好意的に受け止められ[20]、後のハモンド・ポータブル製品(Hammond X-5, X-2, B-200等)へと繋がった。
しかし1972年、出資者で主要株主だった阪田商会が経営悪化して住友化学系列となり、エース電子工業の出資比率も変動し、意思決定をめぐる衝突が発生した。よき理解者を失った梯は、自ら創業したエース電子工業を3月に去り、1972年4月18日ローランドを設立した。なお当時両社はわずか数百メートルしか離れておらず、何名もの技術者が同時に移籍、製品ノウハウや重要な海外取引先(Peter Sorkin Music等)を持ち去る徹底ぶりだった。
ローランドの突然の独立と、非公式な経営資源移行の結果、両社製品は過渡的に類似した。1972年ローランドは最初の製品として3つのリズムマシン TR-77/TR-55/TR-33 を発売したが、その最上位機種TR-77[23]は以前ACE TONEが発売したRhythm Producer FR-7L[24]と酷似していた。一連の騒動は海外取引先/OEM先にも少なからぬ混乱を引き起こした。もともとACE TONEの公式OEM先だったハモンドは、製造元の違いを知ってか知らずか、それまで通りラベルを"HAMMOND"に貼り替えて出荷していたという[25]。また1964年以来エース電子工業の米国代理店として米国進出を担ってきたSorkin Musicは、梯の勧めに従いローランド米国代理店へと鞍替えした。しかしその後、1970年代中盤にローランドは世界各地で既存代理店の権益を切り崩す過酷な販売計画を実施し、Sorkin Musicに事前通告なしで商圏侵害を繰り返すようになり、両社の協力関係は完全に終了した。そしてSorkin Music子会社MULTIVOXは新しいOEM供給元を、当時日本で創業したばかりのヒルウッドへと変更した。
一方 ハモンド・オルガン・カンパニーは、1974年 Hammond B-3製造終了をもってトーンホイール方式を全て終了し[26]、かねてより採用を進めてきたLSI技術で B-3を再現したHammond B-3000[26](1976年)や、Acetone GT-7の流れを継ぐコンボオルガンHammond X-5[27], X-2[28] (1975年), B-200[29] を発売した。
後者 (X-5, X-2) の開発製造は、エース電子工業の再編に伴って製造販売部門を吸収した日本ハモンド自身が担当したと推測されているが、正確な経緯は判っていない[7]。その後エース電子工業の名は市場から急速に消え、日本ハモンドがACE TONEブランドの製品を販売していた事が確認されている。[30][31][32][33][34]
脚注
- ^ a b “シークス50年の歩み”. 第16期株主通信 (平成19年). シークス株式会社 (2008年). 2009年5月21日閲覧。
- ^ 日本ハモンドは、1970年阪田商会 と ハモンドの提携による合弁会社で、ハモンド製品のOEM製造・輸出・販売を目的としていた。なお後述の、1968年エース電子工業が設立した日本総代理店ハモンド・インターナショナル・ジャパン (H.I.J.) の業務も引き継いでいる。
- ^ OEMビジネスの特性からか、日本ハモンドのビジネス全般 および エース電子工業のOEM供給 に関する情報は全般に少ない。また2005-2006年当時の国内ヴィンテージ機材市場を反映した「PSE免除リスト」上でも、なぜかACE TONEブランドの製品型番が正確に記載されていない。
- ^ ドイツの詳細なシンセサイザー・データベース SYNRISEは、2002年頃からACE TONEや日本ハモンドのシンセサイザー一覧を継続的に提供していたが、2009年半ばWikipediaで情報源として参照された後、突如一般公開を中止して有償CDによる情報提供へと移行した。
- ^ http://www.vintagesynth.com/forum/viewtopic.php?f=1&p=461826
- ^ テクニトーン SX-601 (1963年)の写真
- ^ a b c http://hiromick.xsrv.jp/metro/s_acetone.html
- ^ http://www1.mipa-award.de/lifetime2002.htm
- ^ http://www.soundonsound.com/sos/nov04/images/roland1b.l.jpg
- ^ http://www.soundonsound.com/sos/nov04/articles/roland.htm
- ^ I believe in music
- ^ http://hiromick.xsrv.jp/metro/s_top1.html
- ^ http://www.combo-organ.com/AceTone/index.htm
- ^ http://orgelfreaks.wiki.zoho.com/Ace-Tone-B-422.html
- ^ http://orgelfreaks.wiki.zoho.com/Ace-Tone-1.html
- ^ http://orgelfreaks.wiki.zoho.com/Ace-Tone-2.html
- ^ Sound on Sound 2002年11月記事
- ^ http://orgelfreaks.wiki.zoho.com/Ace-Tone-GT-7.html
- ^ http://ushigomepan.cool.ne.jp/effect/catalogue/ace7207/04.html
- ^ a b http://www.combo-organ.com/AceTone/index.htm#GT-7
- ^ http://orgelfreaks.wiki.zoho.com/Ace-Tone-GT-5.html
- ^ http://www.urbanmusic.com/Porta-B.html
- ^ http://www.soundonsound.com/sos/nov04/images/roland04.l.jpg
- ^ http://www.sequencer.de/syns/acetone/Rhythm%20Ace%20FR7L_FR8L.html
- ^ http://www.soundonsound.com/sos/nov04/articles/roland.htm#3
- ^ a b http://www.suzuki-music.co.jp/hammond/zubari/zubari06.htm
- ^ http://www.urbanmusic.com/X-5.html
- ^ http://www.flickr.com/photos/transanalog/2833708894/in/set-72157607142237042/
- ^ http://www.urbanmusic.com/B200.jpg
- ^ http://hiromick.xsrv.jp/metro/tools1.html#jc20
- ^ http://hiromick.xsrv.jp/metro/tools2.html#fr6
- ^ http://ushigomepan.cool.ne.jp/effect/catalogue/ace7207/00.html
- ^ http://sothis.blog.so-net.ne.jp/2006-03-26
- ^ http://blog.goo.ne.jp/span_21/e/1e0032b17689cf6298cb91d3cdb7fd2c
関連項目
外部リンク
- “The History of Roland Part I (1930-1978)”, Sound on Sound, Nov. 2002
- 「エーストーン/日本ハモンド (ACE TONE/NIHON HAMMOND)」, Suminoe Sounds
- ACE TONEのページへのリンク