2度目の復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/29 00:22 UTC 版)
1939年から1977年まで、カタルーニャ州政府とその代表は国外へ亡命したままであった。フランコ没後、マドリードの政府との合意によって、当時の亡命カタルーニャ州政府代表ジュゼップ・タラデーリャス(es )はカタルーニャへ帰国し、スペイン政府によって合法的なカタルーニャ州政府代表と認定された。カタルーニャへ帰国した際のタラデーリャスの第一声、Ciutadans de Catalunya: ja sóc aquí(カタルーニャ国民たちよ、今、私はここへ戻った)は、カタルーニャが自治を取り戻した瞬間、現代スペインの歴史的愛国主義の一つとしてしばしば引用される。 1977年9月、カタルーニャ州政府は再びバルセロナの州政府庁舎に入った。この後、1978年スペイン憲法によって自治権がカタルーニャ州政府に与えられた。カタルーニャにおける国民投票での承認とスペイン国会での可決を得て、1979年にカタルーニャ自治憲章(ca)が成立した。
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