1944年4月-6月 内南洋方面護衛
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/14 13:40 UTC 版)
「第十二号海防艦」の記事における「1944年4月-6月 内南洋方面護衛」の解説
1944年4月12日、海上護衛総司令部第一海上護衛隊に編入。21日、横須賀鎮守府作戦指揮下に編入。同日呉発。23日、横須賀着。軍隊区分海上護衛総部隊横須賀鎮守府海上護衛部隊乙直接護衛部隊に配置。28日、東松七号船団(15隻)を護衛して東京湾発。5月6日、サイパン着。 5月8日、3隻を護衛してパラオへ向けサイパンを出港し、18日には浅香丸船団(4隻)を護衛してパラオを出港した。28日、濱江丸船団(2隻)を第20号掃海艇らと護衛してグアムへ向けサイパン発、同日グアム着。29日、ばたびや丸船団(2隻)を護衛しグアム発、同日サイパン着。28日から29日の護衛で、本艦の水中探信儀が故障した。31日、4530船団(8隻)を護衛し横須賀へ向けサイパン発。 4530船団は6月2日に千代丸、4日には白山丸が被雷沈没し本艦は爆雷戦を行う。8日、横須賀着。9日、軍隊区分乙直接護衛部隊から除かれ、軍隊区分甲直接護衛部隊に配置。横須賀到着後は修理訓練等、戦備作業を行う。19日、連合艦隊作戦指揮下に編入。24日、連合艦隊作戦指揮を解かれて横須賀鎮守府作戦指揮下に復帰。軍隊区分甲直接護衛部隊に配置。28日、父島沖対潜掃蕩のため長浦発。
※この「1944年4月-6月 内南洋方面護衛」の解説は、「第十二号海防艦」の解説の一部です。
「1944年4月-6月 内南洋方面護衛」を含む「第十二号海防艦」の記事については、「第十二号海防艦」の概要を参照ください。
- 1944年4月-6月 内南洋方面護衛のページへのリンク