1940年のエリントン楽団
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「デューク・アット・ファーゴ 1940」の記事における「1940年のエリントン楽団」の解説
1940年当時、デューク・エリントン楽団は、1920年代から専属契約していたコットン・クラブでの演奏活動を辞め、RCAレコードへの吹きこみと、ホテルやクラブなどへの長期出演またはワン・ナイト公演を中心に活動していた。当時の楽団には、バンド結成時から在団しているサックス奏者のオットー・ハードウィック、ハリー・カーネイ、ドラマーのソニー・グリアーなどの重鎮と、トランペッターのクーティ・ウィリアムス、テナー・サクソフォーン奏者のベン・ウェブスター、アルト・サクソフォーン奏者のジョニー・ホッジス、トロンボーン奏者のローレンス・ブラウン、クラリネット奏者のバーニー・ビガードなどの名手たちがいたが、さらに1939年に加入したベーシストのジミー・ブラントンがもたらす活き活きとしたリズムが演奏に躍動感を与え、この時期のエリントン楽団は、楽団の歴史上最も充実した演奏活動を行なっていたともされる。
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