馬場紀寿とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 馬場紀寿の意味・解説 

馬場紀寿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/03 03:09 UTC 版)

馬場紀寿
生誕 1973年(51 - 52歳)
日本青森県十和田市[1](旧十和田湖町
研究分野 仏教学
研究機関 東京大学東洋文化研究所
出身校 花園大学東京大学
博士課程
指導教員
下田正弘
主な受賞歴 日本学術振興会賞
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

馬場 紀寿(ばば のりひさ、1973年[2] - )は、日本仏教学者、東京大学東洋文化研究所教授[3][4]

経歴

青森県出身[2][5]。1996年、花園大学文学部卒[2]。2000年、東京大学文学部[2]。2006年、東京大学大学院人文社会学系研究科博士課程修了、博士(文学)取得[2]

2006年、東京大学東洋文化研究所助手[2]。2007年、同助教[2]。2010年、同准教授[2]。2019年、同教授[3]東京大学研究倫理推進室室員を兼任[4]

在外研究として、2006年ケンブリッジ大学ダーウィンカレッジリサーチアソシエイト、2009年スタンフォード大学何家基金仏教学センター客員研究員[2][6]

研究

研究分野は古代インド仏教および上座部仏教[7]

博士論文は「三明説の伝承史的研究:部派仏教における仏伝の変容と修行論の成立」で、2006年に東京大学より博士(文学)の学位を取得した[8]。主査は下田正弘、副査は斎藤明丘山新佐々木閑森祖道[8]

在外研究中に博論の内容を発展させ、2008年に最初の単著『上座部仏教の思想形成-ブッダからブッダゴーサへ』を出版した[6]。同書により、2009年日本南アジア学会賞や、2018年日本学術振興会賞[2]を受賞した。同書において、仏教史におけるブッダゴーサの新たな位置づけを提唱した[9][10]

アカハラ疑惑

2016年より、馬場紀寿はブッダゴーサの仏教史における位置づけを巡り、清水俊史と論争を行っていた[9][10]上座部仏教の『パーリ仏典』の大乗経典に対する優位性(どちらが成立年代が先か、どちらが釈迦直説に近いか)については現在論争中の事案である。上座部の国々で普及している『パーリ仏典』はスリランカブッダゴーサが正典と定めた仏典を底本としているが、馬場紀寿はブッダゴーサが非仏説(釈迦が説いたものではない)として大乗経典を恣意的に排除し、また採用した仏典についてもブッダゴーサが信じる教説にそぐわない箇所は改ざんが行われた、すなわち現在の上座部仏教の教義はブッダゴーサの思惑によって釈迦の直説が排され、大乗的な要素が排されて成立したとする説を唱えた。この馬場説は大乗非仏説に対する有効な反論の論拠とされてきた。同じく上座部仏教研究者で馬場の師にあたる森祖道も馬場説に賛同の意を示した。しかし清水俊史はこの説に異を唱え、ブッダゴーサは仏典注釈者としての本分を務めたにすぎず経典の改ざんは行わなかったとした。清水説では大乗経典は明らかに後世の創作であるため『パーリ仏典』に採用されず排除されたとした[11]。馬場・清水論争は、清水説が正しければ『パーリ仏典』の方が釈迦直説に近いということになり大乗非仏説に根拠を与え、日本仏教の教義は全て釈迦の直説ではなく後世に創作されたものだということになるので、仏教界の注目を集めていた。

2021年、大蔵出版は公式サイトに声明を発表した[12]。大蔵出版によれば、清水の著書『上座部仏教における聖典論の研究』の出版に際し、「さる先生」から清水に研究不正があるとして、清水および大蔵出版に対して出版停止を求める連絡が複数回あった。しかし、第三者委員会による検討の結果、不正は認められなかった。「さる先生」は「出版したら書評で清水を潰す。大蔵出版の姿勢も叩く」「清水君が出版をあきらめれば、彼の就職を応援する」など、脅迫的ともとれる言動を行ったとされる。ただし、大蔵出版の声明では「さる先生」が馬場であるとは明言されていない[12]

2022年、佐々木閑は『禅学研究』第100号においてこの論争を整理する評論を発表し、大蔵出版のいう「さる先生」が馬場であることを示唆した[9]。また、2017年の日本印度学仏教学会においてもハラスメントがあったと証言している[9]。しかし、ここでも「さる先生」が馬場であるとは明言されていない。佐々木によれば、大蔵出版の声明後、全国紙からの取材もあったが[9]、全国紙は本件を記事として取り上げていないという。佐々木閑は「加害者と利害を共有し、加害者を援護している人もいるようなので、そういった人たちの言動を逐一観察し記録する。その記録は状況が変われば公にできる時が来るかもしれない。ひょっとしたら記録だけ残して死ぬかもしれないが、それはそれで構わない。(略)加害者側が清水氏に対しておこなった行為から類推して、このような評論を公にした私に対しても様々な攻撃がおこなわれる可能性はある。おおっぴらな攻撃は自らの行為を告白するようなものであるから、おそらくは秘密裏に,私の言動の信頼性を損なわせるような策を練るものと思われる。幸いなことに私はもう人生の峠も越し、守るべきものもないので構わないが、そのような私に引き比べて、傑出した能力を持ち堂々と論陣を張りながら邪な妨害によって人生の登り口で足を引っ張られた清水氏の心中を思うとやるせない」とこの告発の覚悟と気概を述べている[13]

2023年12月、清水は著書『ブッダという男』(ちくま新書)のあとがきで、馬場からアカデミックハラスメント(アカハラ)を受けたと実名で告発した[14][15]。清水は、馬場および森祖道から繰り返し圧力を受けてきたとし、全国紙から関係者への取材があったが馬場や森、馬場の指導教官である下田正弘は取材に応じなかったこと、自身が一時断筆に追い込まれるほど憔悴したが、他の学者や出版関係者の支援を受けて復帰したことなどを記している[14]

2024年2月、馬場はresearchmap上で、清水の2016年の論文に研究倫理上の問題があるとして、論文発行元の佛教大学仏教学会に追補を請求したと発表し、加えて清水が主張するような出版妨害や圧力をかけてはいないと述べた[16][17]。これに対し清水もresearchmapで反論し、馬場の請求が不当であり、出版妨害やアカハラはあったと主張した[18]。同月、佛教大学仏教学会は馬場の請求を却下し、清水に反論の機会を与えると通告した[18]。さらに、学会側は「調査義務を負わない」との立場を表明した[18]

2025年5月、清水は著書『お布施のからくり』のあとがきで、馬場のresearchmapでの主張は虚偽であるとし、佐々木閑や他の研究者、出版社もアカハラを目撃していると述べている[17]。また、馬場の元指導教官である下田正弘は、馬場が出版妨害問題を研究不正問題にすり替えたと明言し、馬場の言動に賛同しない旨を本人に伝えていたと記している [17]

その他

2018年、佐藤哲朗(日本テーラワーダ仏教協会)が、馬場紀寿の『初期仏教-ブッダの思想をたどる』(2018年、岩波書店)に記された「「布施」と漢訳されたのは、出家者に衣の「布」を「施」すことが主要な贈与のひとつだったからである」という記述が誤りであると指摘し、その旨を馬場本人にメールで伝えるとともに、自身のブログに掲載した[19][20]。これを受け、馬場は佐藤との共演が予定されていた講演会で、主催者の吉永進一に「共演NG」を通告。その結果、佐藤の登壇は一方的にキャンセルされてしまった[21]

2024年、佐藤が吉永進一にこの「共演NG」の経緯を尋ねると、吉永は「東大の先生にそういうことをしちゃだめなんだよ」と発言。これを受け、佐藤は「東大の先生に間違いを指摘する行為は人倫に悖ること」と揶揄しながら、東京大学の教授である馬場に間違いを指摘してしまったことを謝罪した[21]

なお、佐藤の指摘した個所は、増刷において「校正で直しきれなかった誤記誤植」として修正されており[22]、著者本人の間違いではなく、編集者の校正ミスとされている[23]。しかし、佐藤は、この誤りが馬場本人に由来するものであるにもかかわらず、編集部の責任として修正されている状況に対し、「東大のインド哲学の偉大なる大先生がそんな間違いをするはずがない」と揶揄した[21]

学術賞歴

著書

単著

その他

  • 『神話世界と古代帝国』〈アジア人物史 1〉集英社、2023年、ISBN 9784081571017(執筆担当:第4章「ブッダ - 〈所有〉と〈再生産〉の社会に現れた覚者」259-274頁)

脚注

  1. ^ 広報とわだ2008年6月号”. 2023年12月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 第15回(平成30年度)日本学術振興会賞の受賞者決定』(プレスリリース)独立行政法人日本学術振興会、2018年12月27日、21頁http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2018/12/%E5%A0%B1%E9%81%93%E7%99%BA%E8%A1%A8%E7%AC%AC15%E5%9B%9E%EF%BC%88%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4%E5%BA%A6%EF%BC%89%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E8%A1%93%E6%8C%AF%E8%88%88%E4%BC%9A%E8%B3%9E%E3%81%AE%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85%E6%B1%BA%E5%AE%9A.pdf2024年1月7日閲覧 
  3. ^ a b 馬場 紀寿”. KAKEN. 2023年12月11日閲覧。
  4. ^ a b 令和5年度研究倫理セミナーを開催”. 東京大学 (2024年1月29日). 2024年3月2日閲覧。
  5. ^ 馬場紀寿(インタビュアー:岩波新書編集部)「馬場紀寿さん『初期仏教 ブッダの思想をたどる』インタビュー」『Web岩波新書』、岩波書店、2018年10月14日https://www.iwanamishinsho80.com/post/_baba2024年1月7日閲覧 
  6. ^ a b 「仏教を科学する」をモットーに、仏教の歴史と思想的源泉を探る。”. 東京大学. UTOKYO VOICES 054 (2019年3月28日). 2023年12月11日閲覧。
  7. ^ 馬場 紀寿(ばば のりひさ)”. 東京大学東洋文化研究所. 2018年10月19日閲覧。
  8. ^ a b 学位論文要旨詳細”. gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp. 2023年12月11日閲覧。
  9. ^ a b c d e 佐々木閑ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争(1)序言」『禪學研究 = Studies in Zen Buddhism = The "Zengaku kenkyū"』第100号、禪學研究會、2022年3月、123–138頁、CRID 1520292572087775744 
  10. ^ a b 佐々木閑ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争(2)」『禪學研究 = Studies in Zen Buddhism = The "Zengaku kenkyū"』第101巻、禪學研究會、2023年、55-73頁、 CRID 1520296841731419008 
  11. ^ 佐々木閑「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争1」「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争2」「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争3」
  12. ^ a b 『上座部仏教における聖典論の研究』に関する声明”. 大蔵出版 (2021年1月28日). 2023年12月9日閲覧。
  13. ^ 佐々木閑「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争1」
  14. ^ a b 清水俊史『ブッダという男 初期仏典を読みとく』筑摩書房〈ちくま新書〉、2023年。 ISBN 978-4480075949 219f頁。
  15. ^ 中央公論 2025年3月号』中央公論新社、2025年2月。97;102頁。(「新書大賞2025」大澤真幸の選評)
  16. ^ 馬場 紀寿 (Norihisa Baba) - 資料公開 - researchmap”. researchmap.jp. 2024年2月7日閲覧。
  17. ^ a b c 清水俊史『お布施のからくり 「お気持ち」とはいくらなのか』幻冬舎、2025年5月28日、163-166「あとがき」頁。 ISBN 978-4344987715 
  18. ^ a b c 研究日記”. researchmap(清水 俊史). 2025年5月28日閲覧。
  19. ^ 馬場紀寿『初期仏教 ブッダの思想を辿る』岩波新書1735について。「布施」の語釈と、アレクサンドロス大王のインド遠征軍に同行したジャイナ教行者の話など”. 佐藤哲朗. 2024年12月2日閲覧。
  20. ^ 馬場紀寿氏、『初期仏教 ブッダの思想を辿る』岩波新書における「布施」トンデモ語源説を撤回”. 2024年12月16日閲覧。
  21. ^ a b c 「自灯明」は仏教改変の自由? 駒澤大学と笑い飯哲夫のトンデモ広告から見える仏教学の惨状|深夜対談(星飛雄馬✕佐藤哲朗)”. YouTube. 2024年12月2日閲覧。
  22. ^ 馬場紀寿さん『初期仏教 ブッダの思想をたどる』インタビュー”. 岩波書店. 2024年12月6日閲覧。
  23. ^ 馬場紀寿氏、『初期仏教 ブッダの思想を辿る』岩波新書における「布施」トンデモ語源説を撤回”. 佐藤哲朗. 2024年12月2日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「馬場紀寿」の関連用語

馬場紀寿のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



馬場紀寿のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの馬場紀寿 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS