静岡観光バス横転事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/28 21:45 UTC 版)
![]() |
この項目では、バス運転手と事故被害者の実名は記述しないでください。記述した場合、削除の方針ケースB-2により緊急削除の対象となります。出典に実名が含まれている場合は、その部分を伏字(○○)などに差し替えてください。
|
静岡観光バス横転事故 | |
---|---|
![]()
事業用自動車事故調査委員会が作成した事故現場の詳細図
|
|
正式名称 | 大型貸切バスの横転事故(静岡県駿東郡小山町) |
場所 | 静岡県駿東郡小山町須走の県道「ふじあざみライン |
日付 | 2022年10月13日 午前11時50分頃 |
死亡者 | 1人 |
静岡観光バス横転事故(しずおかかんこうばすおうてんじこ)[1]は、2022年10月13日に、静岡県駿東郡小山町の県道で発生したバス事故である。
概要
2022年10月13日午前11時50分頃、静岡県駿東郡小山町須走の県道「ふじあざみライン」で、クラブツーリズムが主催した日帰りバスツアー[2]の大型観光バスが横転する事故が発生した[3]。埼玉県西部から富士山五合目まで行くバスツアーで、乗客34人と運転手・添乗員各1人の計36人が乗っていた[4]。
事故現場は富士山五合目須走口からカーブが続く下り坂で、運転手がバスを制御不可能となって左右に蛇行するダッチロール状態となり、運転手が「ブレーキが効かない!」と叫ぶと、ベテラン女性添乗員は「サイドブレーキ!」と答え、直ちにマイクで乗客に対し「シートベルトを着けてください」と指示したが、その直後にバスは横転した[5]。この事故により、乗客の70代女性1人が死亡したほか、35人が負傷した[6]。
バスを運転していた26歳の運転手は[7]、過失運転致傷の現行犯で静岡県警察に逮捕された[3]。事故を起こした運転手は、バス運転手になることを夢と目標としており、そのために大型免許を取得し、トラック運転手から始めて経験を積み、東京都内の大手バス会社に入社したものの、コロナ禍でバスを運転する機会が少なく経験を積めないと、地元である埼玉県の美杉観光バスへ転職し、観光バス運転手になる夢を叶えて熱心に仕事に取り組んでいた[5]。物を運ぶトラックと比べ、人を運ぶバス運転手の仕事にやりがいと大きな責任を感じると、事故前に本人が語っていたという[5]。
クラブツーリズム株式会社および、貸切バス運行会社である株式会社美杉観光バス(本社:埼玉県飯能市美杉台[8])は、事故を受けて会社公式ウェブサイトに謝罪文を掲載し[2][9]、また記者会見を開いて謝罪した[10]。
国土交通省は、道路運送法に基づき美杉観光バスに対する特別監査を行ったほか、事業用自動車事故調査委員会(国交省の外部機関)も事故の調査を開始した[11]。この事故は、日本バス協会「貸切バス事業者安全性評価認定制度」[12]三つ星事業者による初の死亡事故であると発表された[13]。
原因
10月21日までの静岡県警察と自動車メーカーとの調査では、ギアがニュートラルに入っており、エンジンブレーキが利かなかった可能性があるとの検証結果を発表した[14][15]。大型バスのフィンガーシフト式変速機は、エンジンブローによる火災防止目的で一定の速度を超えている時は一段ずつしかシフトダウンできない構造となっており、レバーを一気に低速の位置に入れても、実際にはギアは選択されず、ニュートラルのままで警告灯と警告音で知らせる仕組みとなっている。このためフットブレーキの踏みすぎによるフェード現象が生じ、ブレーキが利かなかった可能性が高いとみられている[16]。運転手は「ブレーキが効かなくなった」と供述したが[17]、捜査関係者はスリップ痕などから、軽くブレーキはかかっていたとの見解を発表している[13]。
事故を起こした運転手は若くて経験が浅く、会社で十分な研修を受けていなかった。美杉観光バス社長は記者会見にて、当該運転手について「トラック会社やバス会社の勤務を経て2021年7月に入社し、小さいバスから始めて送迎バスの運転を経て、2022年春頃から観光バスの運転を始め、今回のルートは初めての乗務だった」と述べている[18]。
また、クラブツーリズムのバスツアーはスケジュールがタイトで、JTBなどのバスツアーと比べて低価格なわりに立ち寄り場所が多く「お得感」を煽る一方で、コースに無理な行程があると指摘されており、美杉観光バス社内では「ベテラン運転手でないとこなせない」と言われていたが、人手不足から十分な研修をしないまま、経験の浅い若手運転手に乗務させていた[18]。
そして、事故現場となった県道のふじあざみラインは無料道路だが、有料道路の富士スバルラインとは異なり、急勾配でカーブもあり大型観光バスでの走行は危険なため、大手バス会社では断ることもあるという[5]。バスツアーでは遅延が発生するとそれだけ乗客の自由行動時間が減るため、運転手にプレッシャーがかかることから、経験の浅い若手運転手が焦ってフットブレーキを多用した結果、フェード現象が生じてブレーキが効かなくなった可能性も指摘されている[5]。こうしたクラブツーリズムの無理な行程と、コースの道路状況の悪さが重なり、さらにそれを経験の浅い若手運転手に担当させたことが事故の遠因にあると、添乗員や美杉観光バスの複数の乗務員・元乗務員から指摘されている[5]。
そこまでしても美杉観光バスがクラブツーリズムの仕事を取りたがったのは、貸切バス会社はシーズンオフの夏と冬は仕事が減るため、大手旅行代理店の年間契約を取ることが有力な収入源となるという事情があり、そのためには専用車両も用意し(事故車両は美杉観光バスが保有するクラブツーリズム専用車だった)、無理な行程や乗務員のやり繰りも飲まざるを得ないという貸切バス業界の事情があった[5]。都市間ツアーバス問題の教訓が活かされず、同様の事故が起きてしまった。
刑事裁判
2023年2月、静岡地方検察庁沼津支部は、フットブレーキの使用を控えながら進行する注意義務を怠ったとして、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪で運転手を在宅起訴した[19]。同年9月26日、静岡地方裁判所沼津支部は元運転手に対し禁錮2年6月の判決を言い渡した。野沢晃一裁判官は「多くの命を預かる立場にありながら、注意事項を守らず事故を起こした。過失の程度は重い」と述べ、その上で「被害者の数が多く、腕や指の切断など重い傷害を負った者が複数おり、結果は非常に重大だ」として、実刑が相当と判断した[20]。
判決を受け、美杉観光バスは同日付で「弊社事故による当該乗務員の判決につきまして」と題した文章を会社公式ウェブサイトに掲載し「今回の判決を厳粛に受け止め、更なる安全管理、乗務員指導等を徹底して参る所存です」と謝罪した[21]。
事故後
美杉観光バスは事故後、 2023年1月5日に「美杉観光バス安全憲章」を策定し、事故再発防止と安全対策の強化を掲げた[22][23]。
また同社は会社公式ウェブサイトに、事故から1年後の2023年10月13日に「令和4年10月13日のふじあざみラインでの事故より一年が経ちました。」と題した文章を掲載[24]、2年目の2024年10月13日には「安全を誓いました」と題した文章を掲載し、改めて謝罪の意を表した[24][25]。また2024年10月13日には事故現場で早朝に献花したことを記し、「今後も忘れる事無く、二度とあの様な惨事を起こさぬ為、更に気持ちを引き締め、安全で安心な運行を進めて参る事を献花と共にお誓いして参りました」と述べた[25]。
脚注
- ^ “静岡観光バス横転事故、クラブツーリズムが会見で謝罪 添乗員から「ブレーキが作動しなくなった」”. 日刊スポーツ (2022年10月13日). 2022年10月14日閲覧。
- ^ a b “10月13日に発生したバス事故につきまして”. クラブツーリズム. クラブツーリズム株式会社 (2022年10月13日). 2025年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月15日閲覧。
- ^ a b “観光バス横転 1人死亡、3人大けが 運転手を現行犯逮捕 静岡・小山町”. TBS NEWS DIG. TBSテレビ (2022年10月13日). 2022年10月14日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “《観光バス横転》「豪腕で事業急拡大。数年前に渋谷の豪邸へ」やり手社長の“本当の評判”と逮捕運転手(26)が置かれていた“ブラックな環境” 富士山ツアーでバス横転で死亡1人、重傷6人”. 文春オンライン. 文藝春秋 (2021年10月15日). 2022年10月22日閲覧。
- ^ a b c d e f g “《観光バス横転》「観光バス運転手は彼の夢だった」添乗員が明かす◯◯容疑者 “ひたむきな素顔”と“乗務時間改ざん疑惑”「これって絶対やばいですよね、と…」”. 文春オンライン. 文藝春秋 (2022年11月3日). 2025年2月28日閲覧。
- ^ “観光バス横転 乗客1人死亡35人けが 運転手“ブレーキきかず””. NHKニュース. 日本放送協会 (2022年10月13日). 2022年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月14日閲覧。
- ^ “静岡のバス横転、逮捕の運転手「ブレーキきかず」 事故前に添乗員に”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2022年10月13日). 2022年10月14日閲覧。
- ^ 会社概要 株式会社美杉観光バス
- ^ 弊社観光バス死亡事故に関するお詫び 株式会社美杉観光バス、2022年10月14日、2025年2月28日閲覧。
- ^ “《観光バス横転》経営幹部と運転手らの“残酷すぎる格差”「社長も副社長も豪邸住まい。高級車が何台も…」「社員は手取り19万円。働くほど赤字になった」”. 文春オンライン. 文藝春秋 (2022年10月20日). 2025年2月28日閲覧。
- ^ “観光バス横転事故、国交省が運行会社に特別監査…「事業用自動車事故調査委」も調査開始”. 読売新聞オンライン. 読売新聞社 (2022年10月13日). 2022年10月14日閲覧。
- ^ 貸切バス事業者安全性評価認定制度 公益社団法人日本バス協会
- ^ a b “バス横転 路面のタイヤ痕から新たな事実 なぜ若手運転手が「初めて」のコースを”. ANN newsCH. テレビ朝日 (2022年10月14日). 2022年10月15日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “観光バス横転事故 車両のギアはニュートラル…エンジンブレーキに影響か 運転手「ブレーキ利かなかった」”. YouTube. テレビ静岡 (2022年10月20日). 2025年2月28日閲覧。
- ^ “観光バス横転、ギアはニュートラルの状態…県警が運転手立ち会わせ実況見分”. 読売新聞オンライン. 読売新聞社 (2022年10月27日). 2025年2月28日閲覧。
- ^ “観光バス横転事故は「フェード現象」…制限速度3倍の90キロで走行、ギアはニュートラル”. 読売新聞オンライン. 読売新聞社 (2022年11月2日). 2025年2月28日閲覧。
- ^ “観光バス横転 乗客1人死亡35人けが 運転手“ブレーキきかず””. 日本放送協会 (2022年10月13日). 2022年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月14日閲覧。
- ^ a b “観光バス横転》美杉観光バス元社員らが証言する“過酷すぎる労働環境”と“穴だらけの研修制度”「13連勤が月2回。1日19時間勤務のことも…」”. 文春オンライン. 文藝春秋 (2022年10月20日). 2025年2月28日閲覧。
- ^ “横転バス運転手を在宅起訴 静岡地検沼津支部”. 共同通信. (2023年3月28日) 2023年3月28日閲覧。
- ^ “元運転手に禁錮2年6月 観光バス横転事故―静岡地裁支部”. 時事通信. (2023年9月26日) 2023年9月26日閲覧。
- ^ 弊社事故による当該乗務員の判決につきまして 株式会社美杉観光バス、2023年9月26日、2025年2月28日閲覧。
- ^ 美杉観光バス安全憲章 株式会社美杉観光バス、2023年1月5日、2025年2月28日閲覧。
- ^ 美杉観光バス安全憲章 株式会社美杉観光バス、2023年1月5日、2025年2月28日閲覧。
- ^ a b 令和4年10月13日のふじあざみラインでの事故より一年が経ちました。 株式会社美杉観光バス、2023年10月13日、2025年2月28日閲覧。
- ^ a b 安全を誓いました 株式会社美杉観光バス、2024年10月13日、2025年2月28日閲覧。
関連項目
- クラブツーリズム
- 名古屋高速バス横転炎上事故 - 同年に発生したバス事故
- 軽井沢スキーバス転落事故 - フィンガーシフト式の変速機でシフトダウンが効かなくなった可能性のある事故
外部リンク
- 静岡観光バス横転事故のページへのリンク