邨田丹陵とは? わかりやすく解説

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邨田丹陵

読み方むらた たんりょう

日本画家東京生。父は田安藩士故実家村田直景。本名は竧、名は靖、字を申申、別号主人泰山主。はじめ吉沢素山南北合派を学び、のち川辺御楯師事し土佐派修める日本青年絵画協会(のちの日本絵画協会)を結成し審査員として活躍。また日本美術院創立に特別賛助員となる。歴史・人物画を得意とした。昭和15年1940)歿、67才。

邨田丹陵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/07 02:53 UTC 版)

邨田丹陵
代表作の『大政奉還』(聖徳記念絵画館所蔵)

邨田 丹陵(むらた たんりょう、1872年8月23日明治5年7月20日) - 1940年昭和15年)1月27日[1])は、日本画家。本名は邨田 竧(ただし)[1]

経歴

東京府出身。父は田安徳川家家臣・村田直景[1]歴史画家として有名である。日本美術院・特別賛助員。作品に『大政奉還』(所蔵:聖徳記念絵画館)、『富士巻狩図(ふじのまきかりず)』(所蔵:金刀比羅宮書院)がある。吉沢素山に学び、のち川辺御楯のもとで土佐派を学ぶ。丹陵の弟子には、アメリカで有名になった画家小圃千浦カリフォルニア大学バークレー校名誉教授・瑞宝章受章者)がいる。小圃千浦の書に師(丹陵)の教えが記述されている一冊の本があり、丹陵の驚くべき描写力を示す土佐派の心と筆の真髄が書きとめられている。

脚注

  1. ^ a b c 邨田丹陵 :: 東文研アーカイブデータベース”. 東京文化財研究所. 2024年12月7日閲覧。

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