過去の退位・譲位
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 15:14 UTC 版)
「明仁から徳仁への皇位継承」の記事における「過去の退位・譲位」の解説
古くは、天皇の崩御によって皇位継承が行われていた。しかし、歴史紀行作家の中山良昭によれば、日本に仏教が伝来し、死が汚れだとみなされ始めると、在位したまま天皇が崩御することは忌避されるようになった。そして、645年の乙巳の変の翌日に皇極天皇が退位し、孝徳天皇に皇位が継承されると、しだいに譲位による皇位継承が慣例となった。これ以降、江戸時代の光格天皇までに60人の天皇が退位した。 譲位した天皇は太上天皇(だじょうてんのう)、略称で上皇(じょうこう)と呼ばれ、院政を行って権力を握ったり、出家して法皇(ほうおう)となったり、和歌や学問に励んだりする者がいた 一方、天皇との対立に敗れたり、流罪になったりして不遇な余生を送る者もおり 、様々であった。
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