豊橋鉄道モハ300形電車とは? わかりやすく解説

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豊橋鉄道モハ300形電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/02 03:45 UTC 版)

豊橋鉄道モハ300形電車(とよはしてつどうモハ300かたでんしゃ)は、かつて豊橋鉄道が保有していた路面電車用の電車である。

1951年昭和26年)に市内線で運転を開始した車両で、元は名古屋市電の木造単車である。老朽化のため1963年(昭和38年)に廃車となった。

概要

第5回国民体育大会に備えて、1951年(昭和26年)2月14日付で豊橋交通(のちの豊橋鉄道)が名古屋市交通局から購入した車両である。4両導入され、車両番号は301-304とされた。名古屋市電時代の番号は140-143で、1931年(昭和6年)から翌年にかけて名古屋市電の西町工場で製造された。旧型車の改造であり、SSA形の台車・機器と、骨組の改良を施したLSA形の車体を組み合わせて製作された。

この経緯から、木造車体、ダブルルーフ、ドアのないオープンデッキ構造など、古めかしい形の車両であった。転入時は集電装置としてトロリーポールを1本装備していたが、1954年(昭和29年)の8月から10月にかけてビューゲルに交換された。そのほか、救助網の排障器への交換や、前面左下のテールライトの横に続行灯を取り付けるといった改造が実施されたが、ドアの取り付けは行われなかった。

木造車体の老朽化が進んだため、モハ700形モハ800形の転入にともなって1963年(昭和38年)8月13日付で廃車となった。301は個人に譲られたが市内の山林に放置されて朽ちていき[1]2014年頃には台車と骨組以外はほとんど残っていない状態だった。その後台車は群馬県渋川市に引き取られて東武伊香保軌道線デハ27の復元整備に供され、置かれていた場所は整地された。

主要諸元

廃車時点の諸元を示す。

  • 製造者:名古屋市電気局西町工場
  • 定員:42人(座席定員 20人)
  • 自重:9.40トン
  • 最大寸法
    • 長:8,078mm
    • 幅:2,191mm
    • 高:3,768mm
  • 台車ブリル21E(車輪径 810mm)
  • 軸距:2,286mm
  • 電動機MB-35A(35馬力) 2個
  • 歯車比:5.06

脚注

  1. ^ 丸田祥三『棄景』1993年、宝島社

参考文献

  • 日本路面電車同好会名古屋支部 『路面電車と街並み 岐阜・岡崎・豊橋』 トンボ出版、1999年
  • 徳田耕一 『名古屋市電が走った街 今昔』 JTB、1999年






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