紀勢西線の延伸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 08:10 UTC 版)
大正末から昭和初期、和歌山県内では紀勢西線の建設が南進し、それまで不便な土地だった和歌山県南部の南紀地域は、関西地区の新たな観光地として開拓され始めた。この流れの中で、南紀の景勝地である白浜温泉が注目されることになった。 そこで当時の鉄道省大阪鉄道局(以下、大鉄局)は、阪和間を走る南海鉄道と阪和電気鉄道の両社に、鉄道省の客車を使用して大阪から紀勢西線へ直通する南紀観光列車の運行を打診した。阪和電気鉄道はこれを受諾したが、南海鉄道は自社からのみの直通を望んでいたことから、この案に難色を示した。このため、直通運転は早期実施を求める世論もあって、当初は阪和電気鉄道単独で直通運転が実施されることとなった。
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