第1期名人戦リーグ
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「名人 (囲碁)」の記事における「第1期名人戦リーグ」の解説
名人戦スタート当初には橋本宇太郎らの「十番碁の覇者である呉清源を初代名人に推戴して始めるべきだ」との声もあったが、結局呉清源を含めた当時のトップ棋士13名による大型リーグ戦で第1期名人戦を開催することとなった。1961年から1962年にかけて行われたリーグ戦では、最終戦で藤沢秀行(9勝2敗)・呉清源(8勝3敗)・坂田栄男(8勝3敗)の三者による優勝争いとなった。藤沢は最終局橋本昌二に敗れて9勝3敗でリーグ戦を終了し、藤沢が「プレーオフに向けて英気を養うため」酒を飲みに行っている間に、坂田-呉戦(黒番坂田・白番呉)は終盤呉の猛追によりジゴでの終局となった(コミは5目であった)。名人戦の規定ではジゴは白勝ちとしていたが、通常の勝ちより劣ると定められていたため、9勝3敗の同率でありながら藤沢が呉を「半星」上回る形で初代名人になった。藤沢は渉外担当として名人戦設立に当たり、自ら名人位を手中にするというドラマチックな幕切れであった。
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