第一次世界大戦~戦間期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/08 15:50 UTC 版)
「ブルガリアの歴史」の記事における「第一次世界大戦~戦間期」の解説
第一次世界大戦には中央同盟国側で参戦し敗北。ヌイイ条約では南ドブロジャ(ドブルジャ)をルーマニアへ、エーゲ海沿岸に位置する西トラキア地方をギリシアへ、西部国境に近い地域をユーゴスラヴィアに割譲した。大戦末期、一部の軍人が国王に反発して「ラドミル共和国」が建てられたが鎮圧された。しかし国王のフェルディナントが退位して、その息子であるボリス3世が国王に即位した。 大戦後の議会選挙では農民同盟と共産党が勢力をのばし、農民同盟のアレクサンドル・スタンボリスキが首相となった。スタンボリスキは農地改革などを推進したが、1923年の軍事クーデタ(en)により失脚、殺害された。このクーデタにより成立したツァンコフ政権を国王ボリス3世は容認、その後は農民同盟と共産党に対する弾圧が行われた。
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