王政復古と宮中の席次
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/28 23:54 UTC 版)
「王政復古 (日本)」も参照 慶応3年(1867年)12月の王政復古の政変は、五摂家の権力・権威に象徴される宮中の身分秩序を破壊し、皇族と堂上家の地位を押し上げた。 宮中の席次は、上位から、 関白、准三宮、太政大臣、左大臣、右大臣、親王、前関白…(以下略) とされていた。 王政復古の結果、従来、五摂家よりも下位にあった宮家の親王たちも、翌慶応4年(明治元年)1月1日の参賀では、五摂家当主の参朝停止ににより最上位の位置を占めるに至った。さらに1月16日には、皇族親王を最上位の席次とする布告が出された。 親王の序列は、なお品位(位階)に依っていた。親王宣下は、1876年(明治9年)に廃止された。
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