澤鑑之丞の記述にみる「国歌『君が代』の歌詞選出の由来」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 15:11 UTC 版)
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著作『海軍七十年史談』339頁〜343頁において、海軍造兵総監原田宗助から伝えられた話として以下のような経緯が記載されている。明治2年にイギリスよりエジンバラ王子が訪問する際に、イギリス軍楽隊長フェントンから「日英両国国歌を演奏しなくてはならないので、日本国歌は如何なるもので宜しいか」と接伴掛に問い合わせがあった。当時、国歌というものがなかったので担当した原田が軍務官に問い合わせたところ、応対した川村純義は「良きに計らえ」と「ケンモホロロ」の挨拶であった。原田が戻り接伴掛で協議したところ、掛員の一人乙骨太郎乙の提案で現在の「君が代」の歌詞が、さらに薩摩琵琶歌の蓬莱山という古歌の節を採用し、フェントンに作曲させて国歌「君が代」(初代曲)が出来上がった、としている。近年も、この澤の記述を引用し「君が代」の由来とするものがある(例 CD『君が代のすべて』キングレコード、KICG3074 解説書中「国歌『君が代』の歴史」公式制度研究家・元総務庁審議官 水谷弘、2000年)
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