深川区の町名
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/16 05:58 UTC 版)
明治2〜5年(1869 - 1872年)前後には、既存の小規模な町の統廃合が実施され、この時点で消滅した町名もあった。明治11年(1878年)11月2日の深川区成立の時点では区内に99町が存在した(富岡公園地を1町と数える)。明治22年(1889年)の市制町村制施行時、南葛飾郡のうち12か村の全部または一部が東京市深川区に編入された。これと同時に、それまで深川区に属していた上大島町の一部(横十間川以東)と下大島町の全部が南葛飾郡大島村に編入された。これらの変更により、横十間川を境として、同川以西が深川区、以東が南葛飾郡(後の城東区)に区分けされた。 明治11年の深川区成立から明治24年までの間には下記のような町名変更があった。 深川泉養寺町 - 明治12年、深川猿江裏町に編入。 深川末広町 - 明治12年、深川石島町に編入。 深川北松代町1〜4丁目 - 明治13年、本所区に編入し本所松代町1〜4丁目に改称。4丁目のみ明治22年、南葛飾郡亀戸村に編入。 深川下大島町 - 明治22年、大島村に編入。 洲崎弁天町1・2丁目 - 明治20年、洲崎弁天町として成立(埋立地)。翌年1・2丁目に分かれる。 深川本村町、深川海辺町、深川千田町、深川東平井町、深川西平井町、深川古石場町 - これら6か町は明治24年の新設で、2年前の明治22年に南葛飾郡から深川区に編入された旧村の区域を再編して成立したものである。 深川越中島新田 - 明治24年、深川越中島町に編入。 以上の変更を経て、明治24年の時点では深川区には下表の99町(富岡公園地含む)が存在した。これらの町名は、関東大震災後の被害からの復興後、大幅な再編成が実施されている。
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