【死のハイウェイ】(しのはいうぇい)
1991年の湾岸戦争時、クウェートから撤退するイラク軍に対して行われた、多国籍軍による徹底的な空爆で、クウェートとイラクを結ぶ高速道路が、破壊された車両と散らばる死体により埋め尽くされた事。
その光景を見た、ある記者が「死のハイウェイ」と表現したのが由来である。
なお、この道路は後年のイラク戦争において、開戦初頭の米英連合軍によるイラク領内への侵攻ルートとして使われている。
死のハイウェイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/05 08:33 UTC 版)
死のハイウェイ(しのハイウェイ、Highway of Death)は、湾岸戦争中の1991年2月26日から27日に掛けての夜間に、撤退するイラク軍がアメリカ軍の航空機に攻撃された、クウェートの首都・クウェートシティとイラク側のバスラを結ぶ道路のことである。西側のニュースはこの道路を、クウェートシティから国境の町であるクウェートのアブダリとイラクのサフワンを経由し、バスラへ向かう「ハイウェイ80」として報道した。この道路は1990年代の終わりに修復され、イラク戦争の初期段階において米英連合軍のイラクへの侵攻に使われた。
- 1 死のハイウェイとは
- 2 死のハイウェイの概要
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