止と観の違い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/24 04:44 UTC 版)
止とは、まず日常的な心の働きを静め、心を一つの対象に結びつけることを実践する。呼吸瞑想を例にとると、呼吸を一つずつ「入る」「出る」と気づいていく実践をし、心がどこかに飛んでいってしまった場合には、その事実に一旦「考えている」と気づいてから、またもとの呼吸の「入る」「出る」に戻る。この一連の動作を繰り返していくと、日常的な心の働きが静まってくる(近入定)。 最終的に、気づかれている対象としての入息出息から、心の気づくという作用が自ずから離れれば、第四禅から無色禅へと、心の働きがほとんど止滅する方向に向かっていく。 観とは、身体が感じるすべての感覚機能が起きていることを一つ一つ対象化して気づいていく。次から次へと六根によって感受が認識される際に、現在進行形に気づいていく(念)。 最終的に、色(rūpa)と名(nama)が別々の流れであり(名色分離智)、それらが無常・苦・無我であることを体得し、また一方のものが生じた時に他方のものが生じるという「縁起の理法(智慧)」を体得する。
※この「止と観の違い」の解説は、「止観」の解説の一部です。
「止と観の違い」を含む「止観」の記事については、「止観」の概要を参照ください。
- 止と観の違いのページへのリンク