村正と正宗の作風上の差異
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 23:48 UTC 版)
村正は正宗と全く時代が違う人物であるが、その作は、正宗ら鎌倉時代・南北朝時代の相州物と一見よく似ている。しかし、高瀬羽皐は『刀剣と歴史』第8号(1911年)で相州物との以下の8つの違いを指摘し、時代だけでなく作風上からも村正の正宗弟子説を否定し、むしろ関物に似ているとして、村正は関鍛冶の兼村門下であるという説を補強した。 村正には目釘穴が2つある。 村正の銘は目釘孔の少し上に切ることが多い。 村正の鍛えは純然な板目ではなく、柾目の交わる特殊な鍛えで、相州の板目とは違う。むしろ関物と似ている。 茎の先が細くなるのも、相州物とは全く似ていない。 村正の地鉄はいたって精美で、汚い所が一切ない。相州の地鉄とは決して同じではない。 村正は鋩子が反り詰まる点、また弱い地鉄の傾向にある点、沸が穏やかな点は相州物と似ていない。 刀身彫刻・剣形は相州風というより備前風で、京物に見えるものもある。 村正には刃が駆け出すものがあって、乱れの先が少し尖るような風情があり、これは関伝と全く似ている。
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