日本の平和の鐘の原点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 01:39 UTC 版)
「日本の平和の鐘」の記事における「日本の平和の鐘の原点」の解説
昭和25年、千代治復員後、故郷の宇和島の菩提寺である泰平寺に行き、戦争中鐘楼の鐘が武器などにするために拠出され無くなっていることを知った。そこで、戦争に持って行った軍刀や自分で集めていた26ヵ国のコインを入れて鋳造した「世界絶対平和萬歳」と刻印した平和の鐘を奉納した。1951年にパリの国連総会にオブザーバーとして出席し際は、その泰平寺の鐘の響きを録音して持って行き、出席者に聞かせて、国連に平和の鐘を寄贈することを訴えた。 泰平寺の鐘は、国連にある「日本の平和の鐘」の原点の親鐘と呼ばれている。
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