教会不信と脱会後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 06:35 UTC 版)
翌日から姉が説得し山崎が反論する日が1週間続き母親の命日を迎えた翌日、子供を家に残して説得を続ける姉の真剣さに打たれ紹介された牧師に会う。元信者でもある牧師から話を聞くうちに、教会の統一原理がキリスト教とは相容れないことや文鮮明の経歴や教会のルーツの嘘、自身がマインドコントロールされていたことに気付き脱会を決意。また教会が喧伝する強制改宗グループというものは存在せず、それは一円の得にもならない説得を続ける牧師達だと知る。 4月21日、記者会見ですべてが間違いだったと認めて脱会を表明し、多くの人の人生を狂わせたと謝罪した。その後、友人Tも牧師に会って話を聞き脱会を決意。山崎は新体操スクールのスタッフや生徒の親からコーチ復帰を歓迎されたが職を辞した。夫には牧師に会ってほしいと手紙を出していたが願いは伝わらず、8月に別れを告げてから接点は何もないという。
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