戸田 双之進
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 06:33 UTC 版)
勘左衛門が初めて出場した選抜試合の最終日の会場で不祥事を起こした出場者。武勇の誉れ高い誇り高い家柄の生まれ。生まれつきひ弱で、武人の体ではなかったが、親類一同の勧めでやらざるを得なかった。祖父の弥左衛門は双之進が気絶するほどの厳しい修行を行った。その後、祖父以上に厳しくネチネチとした性格の弓道の師・笠松をつけられ、選抜試合に出場することができた。予選の最中に師と口論になり突き飛ばした所、打ち所が悪く師は死んでしまう。予選はそのまま続け、4760本で2位となり通過した。師殺しは本来なら切腹であるが紀州の面目を立てることが第一とされ不問となる。これに不服を申し立てた笠松の妻は軟禁となった。2週間後の決勝試合の終盤に大刀を持った笠松の妻が現れ、右肩から肺に達するまで斬られるが、女の口深くに手元の矢を刺し込んで殺し、女に気づいていたが規則上続けるしかなく斬られたことを主張し、その場で通し矢にかかわる人々を批判し始めた。耐えかねた祖父の弥左衛門から斬り殺され、弥左衛門も人々へ謝すためその場で切腹した。
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