戸別所得補償制度
こべつしょとくほしょう‐せいど〔コベツシヨトクホシヤウ‐〕【戸別所得補償制度】
農業者戸別所得補償制度
農業者戸別所得補償制度(のうぎょうしゃこべつしょとくほしょうせいど)とは、民主党が提案と実行をした日本の農業政策である。ねじれ国会期の2007年10月に参議院に法案を提出し11月に可決、2008年5月に衆議院で廃案となった。2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙で政権交代した民主党政権発足後の兼業農家や零細農家など規模や専業農家を問わず、特定作物の全農業者を対象とした。コメは2010年から先行導入され、2011年には特定作物[1]の販売価格が生産費を下回っている際に差額交付するとともに、コメから麦・大豆への作付転換を促す内容となっている[2][3]。
民主党から自民党・公明党への政権交代に伴い、2013年に認定農業者へのみに支援対象を絞り、集約化路線に戻した経営所得安定対策制度(経営所得安定対策)へと改正された[4][5]。
概要
民主党の農業政策転換と影響
民主党は2003年までの政策では、「専業農家のみを対象とする「農業者戸別所得補償制度(案)」を主張していた。しかし、2004年以降は兼業農家票や既に採算の取れている農家票も取り込むため、日本政府が推進してきた農地集約化方針に反する「全ての農家に10aあたり15,000円を支給する」というバラマキ型かつ成長阻害効果のある内容の農業者戸別所得補償制度案へと方針転換した。そして、政権交代後の2010年に各種弊害の指摘される内容のままに実現させた[6][7][8][9]。具体的には、2010年度にまずコメ生産者に先行適応され、減反に参加するコメ農家に対し、規模にかかわらず、「作付面積10アール当たり1万5千円を一律に支給される」という方針転換後の案のままであった。さらには、2010年産のコメ価格が「農林水産省の設定価格」を下回った場合は、赤字分が追加で支給される。つまり、どれだけ市場価格が下がっても収入保障される仕組みであるために、制度参加者が多ければ減反が過度に進み、コメの供給量が減って米価が高止まりする可能性がある制度となった。市場原理を歪めるだけでなく、都市部の納税者にとっては、米価上昇の負担だけがのしかかる制度とも言える。また、兼業農家や小規模農家など「すべての農家」を対象にしていることで、本来であれば競争力のある農家に農地が集約され、効率的な経営が進むはずの流れを妨げる制度と指摘されている。2011年度には麦や大豆などの畑作物生産者も公金支給対象に広げられた[10]。
農地貸しはがし・農地集約化阻害の発生
零細農家など農地集約化や大量生産に反する層も公金支給対象としたことで、従来の農業構造改革に逆行するとの批判も根強い。たとえば、農地持ってるが他人に貸していた人々(農地持ち)が「農業者戸別所得補償制度」による補償金を得るため、従来貸し出していた農地の返還(農地貸しはがし)を進め、制度施行以前から専業農家をしていた人々が農地喪失させられたりするなどの農地集約阻害現象が各地で報告された [3]。制度導入後の農業現場で、自らの耕作者としての資格を得て補償金を受給するために貸していた農地の返却を求める「貸しはがし」と呼ばれる現象も発生したことについて、以前から農業に従事していた人々が農地を失うという「農地の集約化・効率的な農業経営」を目指す従来の農業構造改革に逆行する制度設計は、菅直人首相が掲げた農地の集約化方針とも矛盾しているとの指摘されている[11]。
また、2011年度から導入された規模拡大加算(新たに拡大した農地10アールあたり2万円支給)は、当初は「専業農家のインセンティブ」として期待されたはずだったが、小規模農地や兼業農家も公金支給対象としたことで、逆に農地貸しはがしを更に促進させる副作用を招いた[3][11]。
戸別所得補償制度で、補償金が導入されたことにより実質的な米価(手取り米価)が引き上げられ、農地の流動化を阻害し、結果として米作の高コスト構造が温存される傾向も見られた。民主党政権は、戸別所得補償制度が「規模拡大や担い手の育成に資する」との立場を取る一方で、制度の運用実態はむしろ小規模農家の存続を後押しし、農地の集約や効率化を阻害する要因となっていると批判されている。戸別所得補償制度は、「農家間の公平性や地域農業の維持」を名目とする一方で、主業農家(専業農家)への農地集積という政策目標との整合性に疑問が呈されるケースもあり、「バラまき」との批判や、制度理念と持続性のある農業構造改革との間にある根本的な矛盾が批判の的となった[3]。
政権再交代・支援対象限定改正
上記の民主党連立政権で制定された農業者戸別所得補償制度には毎年1兆円を超える税金が必要であり、支給対象を絞らなったためにバラマキや農地集約化阻害効果の問題もあった。そのため、自民党への政権交代後の2013年(平成25年)に支給対象を経営拡大や効率化の目標を有する「認定農業者」(認定農業者、認定新規就農者、集落営農)に限定した「経営所得安定対策制度」へと改正された[4][5]。
補償金制度にかかる公金額
2010年度予算の概算要求では、コメのみを対象でも約総額5600億円の予算がいると発表した[11]。このモデル対策は、米の「生産数量目標」に即した生産を行う販売農家を対象とする「米戸別所得補償モデル事業」と、水田での麦・大豆・米粉用米・飼料用米などを生産する販売農家を対象に主食用米並みの所得を確保する水準の金額を交付する「水田利活用自給力向上事業」からなる。米の生産調整への一律参加を求めず選択制にし、後者の事業では米の生産調整に不参加の農家も対象とした。
同制度に参加するすべての稲作農家には、米価水準にかかわらず、全国一律の定額補償が10アール当たり15,000円が支払われる。対象農家は約180万戸とされる[12]。農林水産省は申請件数120万戸を目標としていたが、2010年6月時点での申請は、すでに130万件を突破していた[12]。
2011年度からは民主党政権は、既に農地貸しはがしなど問題が起きているのにも関わらず、コメ以外にも畑作も対象とし、「農家の規模の大小を問わず、農家が規模を拡大したその年に限って増えた農地に限り10アール当たり2万円を支給する」という制度も導入すること予算総額を8千億円とすると決定した。1万5千円の補償金だと「貸しはがし」しても黒字にならないのでしなかった農地持ちも「貸しはがし」をするほうが得になり、農家の規模は拡大しない問題制度と指摘されている[11]。
年度 | 畑作 | 水田 | ||
---|---|---|---|---|
畑作物の所得補償 | 米の所得補償 | 水田活用の所得補償 | 米価変動補填 | |
2011年度 | 2123 | 1929 | 2284 | - |
2012年度 | 2123 | 2929 | 2284 | 294 |
- 「農業者戸別所得補償制度」の必要財源としては、毎年1兆4000億円が見込まれたいる
欧米の直接支払い制度
鈴木宣弘によると2008年時点で直接支払いによる農業保護政策は、すでにEU諸国やアメリカで広く実施されている。フランスでは農家収入の8割、スイスの山岳部では100パーセント、アメリカの穀物農家の収入は5割前後が政府からの補助金だと主張されている[13]。
脚注
- ^ 麦、大豆、てん菜、でん粉原料用ばれいしょ、そば、なたね
- ^ http://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/pdf/25yosan_keiei.pdf
- ^ a b c d “RIETI - 混乱する民主党農政”. www.rieti.go.jp. 2025年5月24日閲覧。
- ^ a b http://www.city.shizuoka.jp/000_004295.html [リンク切れ]
- ^ a b https://kotobank.jp/word/経営所得安定対策-685909
- ^ “「戸別所得補償」で日本のコメは守れない”. imidas. 2025年5月19日閲覧。
- ^ “成長への視点欠落 農家戸別補償強まるバラマキ色”. 日本経済新聞 (2010年8月3日). 2025年5月19日閲覧。
- ^ “《現場から問う:7》「バラマキ」で農家保護”. 朝日新聞. 2025年5月19日閲覧。
- ^ “なぜ農家の所得だけ保障しなければならないのか?”. RIETI. 2025年5月19日閲覧。
- ^ “asahi.com(朝日新聞社):農業の課題(4) 戸別所得補償に難題も - 経済ナビゲーター - ビジネス・経済”. www.asahi.com. 2025年5月19日閲覧。
- ^ a b c d “「農業の規模拡大加算」”. キヤノングローバル戦略研究所. 2025年5月24日閲覧。
- ^ a b コメ農家への戸別補償申請130万件を突破 産経新聞 2010年7月16日
- ^ 鈴木宣弘 『現代の食料・農業問題〜誤解から打開へ〜』 創森社、2008年、37-38頁。ISBN 978-4-88340-227-4。
関連項目
- 欧州連合の共通農業政策 - 類似の政策
- ミルトン・フリードマン#主張した具体的政策
外部リンク
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