戦後の市電
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 14:35 UTC 版)
BVGは、ベルリンにおける他の団体と同じように、1949年8月1日から2つに分割された。西側は「BVG-West」となり、市電については36路線を持った。ソビエト占領地域は「BVG-Ost(BVG東)」となり、市電は13路線を持った。その後、BVG-Ostは1969年に「VEB Kombinat Berliner Verkehrsbetriebe(BVB)」となった。1950年10月14日、西ベルリンからクラインマッハノウとシェーネフェルトへ向かう路線が運行停止となり、1953年1月15日には市内中心部においても、境界を越える路線は運行を止めた。
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