戦争の終結とシュリーランガパトナ条約の締結
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/19 14:20 UTC 版)
「第三次マイソール戦争」の記事における「戦争の終結とシュリーランガパトナ条約の締結」の解説
同年3月18日、マイソール王国とイギリスおよびその連合軍であるマラーター王国とニザーム王国との間に、和平条約であるシュリーランガパトナ条約が締結された。とはいえ、この条約はマイソール側にとっては非常に厳しいものであった。 まず、ティプー・スルターンは和平を結ぶにあたり降伏を認めなければならず、マイソール王国はイギリス、マラーター王国、ニザーム王国の三者に対し、実にその領土の半分(あるいはそれ以上)を割譲しなければならなかった。無論、これらの捕虜は全員解放しなければならなかった。 次に、マイソール王国はイギリスおよび同盟勢力に対し、多額の賠償金を支払わなければならなかった。その額は実に3000万ルピーにも及ぶ高額の賠償金であった。 最後に、ティプー・スルターンは高額の賠償金の支払いを保証するため、愛する二人の息子をイギリスに差し出さなければならなかった。彼は息子らが人質として差し出される際、悲痛な気持ちで見送ったのだという。
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