徴兵による修道生活の中断
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/26 08:01 UTC 版)
「ラファエル・アルナイス・バロン」の記事における「徴兵による修道生活の中断」の解説
このころ、スペインは、内戦状態(スペイン内戦)にあった。1936年9月マリア・ラファエルは、徴兵を受け修道院をあとにするが、身体検査で不合格となる。 彼は、最期の修道院への再入会を認められた。修道院で、彼は「ノート」に、こう書き記した。 今日、1936年8月2日、私たちは、…全員で平和を祈願し、死者のために祈り、多くの罪を償い、聖なるみ心にすべてを一致させ、譲り渡すために、終日聖体訪問をした。神はきっと聞き入れてくださるに違いない。というのは、神は、善なるお方だから。 とにかく、私たちの戒律遵守、断食、祈りは、十分ではない。これは、海の中の一粒の小麦に過ぎない。全人類の死でさえ、ただ一つの大罪を償うために足りない。無限なお方への罪は、無限である。…神はなんと偉大だろう。人間はなんとおろかだろう。
※この「徴兵による修道生活の中断」の解説は、「ラファエル・アルナイス・バロン」の解説の一部です。
「徴兵による修道生活の中断」を含む「ラファエル・アルナイス・バロン」の記事については、「ラファエル・アルナイス・バロン」の概要を参照ください。
- 徴兵による修道生活の中断のページへのリンク