彷徨期とは? わかりやすく解説

彷徨期

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 01:08 UTC 版)

曲亭馬琴」の記事における「彷徨期」の解説

天明元年1781年)、馬琴叔父のもとで元服して左七郎興邦と名乗った俳諧親しんでいた長兄・興旨(俳号東岡舎羅文)とともに越谷吾山師事して俳諧深めた17歳で吾山撰の句集東海藻』に3句を収録しており、このときはじめて馬琴の号を用いている。天明7年1787年)、21歳時には俳文集『俳諧古文庫』を編集したまた、医師山本宗洪、山本宗英親子医術を、儒者黒沢右仲亀田鵬斎儒書学んだが、馬琴医術よりも儒学好んだ馬琴長兄紹介戸田家徒士になったが、尊大な性格から長続きせず、その後武家渡り奉公転々とした。この時期馬琴放蕩無頼の放浪生活送っており、のちに「放逸にして行状修めず、故に母兄歓ばず」と回想している。天明5年1785年)、母の臨終の際には馬琴所在わからず兄たち奔走でようやく間に合ったまた、貧困の中で次兄急死するなど、馬琴周囲は不幸が続いた

※この「彷徨期」の解説は、「曲亭馬琴」の解説の一部です。
「彷徨期」を含む「曲亭馬琴」の記事については、「曲亭馬琴」の概要を参照ください。

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