度重なる洪水・新袋川の掘削
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/25 14:34 UTC 版)
鳥取のことわざで『弁当忘れても笠忘れるな』と言われるほど、鳥取は雨の多い土地柄である。鳥取市は、江戸時代からたびたび、袋川の増水による洪水に見舞われた。そしてそれは、藩政時代よりも文明開化後の明治・大正になってから、なお甚大な被害をもたらすようになった。こうした洪水による被害を受け、1919年(大正8)1月に鳥取治水会が結成され、これは1921年(大正10)には『千代川改修期成同盟』に発展する。そして1934年(昭和9)に鳥取市大杙から千代橋付近までに新しい川が掘削されて通水した。これが新袋川である。この分水によって、鳥取市が大きな洪水に遭うことはほとんどなくなった。
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