嵯峨隧道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/13 02:33 UTC 版)
嵯峨隧道(さがずいどう)は、三方湖辺や水月湖辺の集落や農地を湖の氾濫から守るために計画され、1709年に鍬入れが行われ、1934年3月に完成した、トンネルの水路である。 嵯峨隧道に関しては、水月湖側への海水の逆流を防ぐため、1939年に水月湖側に木製の暫定水門を設置(1980年に現在の水門へ改修)し、基本的に閉ざされた状態であり、開かれることは少ない。これは、水門を開けることによって、水月湖側にとっては、逆流による水質の変化によって生態系に影響を与えるからであり、日向湖側では水門を開放することで、海水化したことによって飛躍的に増加したいかだや釣堀の魚に深刻な影響を及ぼすからである。 1999年8月14日には嶺南地方を豪雨災害が襲い、三方湖を中心にして三方五湖周辺で浸水被害が発生した(この時は全水門を開けているが、日向湖内の漁業に大きな被害が出た)。この結果、豪雨時に漁業被害をもたらすことなく排水できるのが浦見川だけでは問題であるとのことで、水月湖から若狭湾に直接排水できるトンネルを設ける案が示され、現在実現に向け検討中である。
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