山田浩司
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山田 浩司(やまだ こうじ、1962年 - )は、日本の実業家。名古屋大学法学部卒。宅地建物取引士行政書士の資格を持つ。株式会社フォーサイト[1]の創立者で代表取締役社長。DVD学習やeラーニングを早期から導入し、業界に先駆けてバーチャル講師(VTuber)を起用するなど、日本のEdTech(エドテック)分野におけるパイオニアの一人として知られる。その指導法は高い合格率で評価されており、また東南アジアでの学校建設支援といった社会貢献活動も行っている。
人物
教育哲学
山田の教育哲学の中心には「楽しく学ぶ」という信念がある。彼は、人間の根源的な知的好奇心こそが学習の最も強力な原動力であると考え、教育は義務感からではなく、エンターテインメントのように楽しむべきものだと提唱している。この考えに基づき、彼は自社の競合相手を他の予備校ではなく、ゲームやアニメといったエンターテインメントそのものであると位置づけている。この哲学は、フォーサイトが提供するフルカラーテキストやバーチャル講師といった革新的な教材開発の根幹をなしている。
経営理念
教育業界の慣習にとらわれない独自の経営理念を持つ。山田は、会社を従業員にとっての「レジャーランドであるべき」と公言している。これは、社員が顧客のためだけに働くのではなく、自身の生活や楽しみ、すなわち「欲」のために働くという側面を肯定する考え方である[2]。彼は、この人間的な欲求こそが仕事への原動力になると捉えており、こうした率直な経営観は、時に伝統的な教育業界から批判的に見られることもある。
原体験
彼の特異な哲学は、自身の原体験に深く根差している。風呂もない6畳と4畳半の家で育ち、刺青の男たちが出入りするような貧しい家庭環境であった[3]。学生時代は教師に反抗的な生徒で、校内の有名人であったと自ら語る。もともと教育に関心はなく、むしろ最もなりたくない職業が教師だったという[4]。しかし、この逆境が彼の人間性を形成した。幼少期から「無いものは、有るところから持ってくればいい」と考え、銭湯で常連客の背中を流してはコーヒー牛乳をおごってもらったり、畑仕事を手伝っては野菜をもらったりと、自ら稼ぐ術を体得していた 1 。高校時代は学費を稼ぐため、深夜まで中華料理店の皿洗いのアルバイトに明け暮れた。その過酷な労働環境を目の当たりにし、「学歴をつけなければ、こんな生活が一生続く」と勉学への意欲を燃やしたという。予備校に通う経済的余裕はなかったが、高校の教師に頼んで個人的に課題を出してもらったり、古本屋で参考書を安く手に入れたりするなど、独自の工夫で道を切り拓いた。この経験が、後に「経済的な事情で質の高い教育を受けられない不平等をなくしたい」という強い思いにつながり、フォーサイトの低価格で高品質な講座提供という事業モデルの原点となった[3]。
将来の展望
山田は「世界の教育を変える」という目標を掲げている 。スマートフォンだけで安価に学習できるプラットフォームを全世界に普及させ、誰もが手軽に学べる社会の実現を目指している 。また、個人的な夢として「100歳まで社長を続け、引退後は作家として芥川賞を受賞すること」を公言している[3]。
来歴
生い立ちと予備校講師時代
1962年、愛知県名古屋市に生まれる。名古屋大学法学部を卒業 。大学在学中は弁護士を志し、司法試験の択一試験に合格するも、当時の司法試験は30歳を過ぎなければ合格は難しいと言われていたことや、家庭の経済的な事情から法曹の道を断念し、ビジネスの世界へ進むことを決意した[4][5]。
大手総合商社を含む複数社から内定を得たものの、研修中の身体検査で特発性難聴と診断される。原因不明でいずれ聴力を完全に失うと宣告され、商社で働くことは困難と判断し、入社式直前に内定を辞退した。弁護士、商社マンというキャリアパスが閉ざされ、人生の岐路に立たされた。この難病については「自分が育てた子が聴力を失ったと知ったら可哀想だ」との思いから、両親には生涯告げないと決めている。現在、彼の聴力は95dBまで聞こえない状態だが、補聴器と読話術を駆使して会話を行っている。後に彼は、この聴覚障がいが「人に使われる側ではなく、使う側の“社長業”ならやっていける」と独立を決意する一因になったと語っている[3]。その時、大手予備校を経営していた知人からの誘いを受け、予備校講師の道を歩み始める[4]。
株式会社フォーサイトの創業と発展
1993年、30歳の時に名古屋市の小さなマンションの一室で株式会社フォーサイトを設立 。当初は積水ハウスや三交不動産といった大手企業向けに宅地建物取引士(宅建)の法人研修を主事業としていた[6]。
1994年からは一般向けの通学講座も開講し、行政書士や社会保険労務士など対応資格を順次拡大していった 。事業が軌道に乗る中、山田は2004年に大きな経営判断を下す。本社を東京へ移転すると同時に、全ての通学講座を廃止し、通信教育専業へと事業モデルを完全に転換したのである 。この戦略的転換が、後のEdTech企業としてのフォーサイトの礎を築いた[6]。
以降、同社はテクノロジーへの投資を加速させる。2008年には独自のeラーニングシステム「道場破り」(現在の「ManaBun」)を開発 。2009年と2015年にはハイビジョン撮影に対応した自社スタジオを建設し、高品質な講義映像の提供体制を確立した 。また、受講生の増加に対応するため、2011年と2012年に名古屋市内に大規模な配送センターを新設 。2012年には、本社を現在の東京大学正門前にあるビルへと移転した[6]。
- 1962年 - 愛知県生まれ
- 1986年3月 - 名古屋大学法学部卒業
- 1986年4月 - LEC東京リーガルマインドに入社
- 1987年5月 - LEC東京リーガルマインド名古屋支店長就任
- 1987年7月 - TAC公認会計士科講師就任
- 1988年 - 宅地建物取引士(当時は宅地建物取引主任者)に合格
- 1988年 - 行政書士に合格
- 1989年3月 - 中央法律研究所講師就任
- 1989年3月 - 中部大栄経理学院講師就任
- 1990年11月 - LEC東京リーガルマインド退職
- 1991年4月 - 早稲田経営学院講師および事務局長就任
- 1992年3月 - 早稲田経営学院講師および事務局長退任
- 1993年4月 - 株式会社フォーサイト設立 代表取締役就任
- 2015年10月 - 経済産業省主催「攻めのIT経営」中小企業百選にフォーサイトが選出。
- 2015年11月 - ジャパンタイムスの「アジアのこれからのリーダー100人」に選出。
- 2016年 - 認定NPO法人 アジア教育友好協会AEFAを通じてラオス・ベトナム・タイでの学校建設を支援。
社会貢献活動
2016年以降、認定NPO法人アジア教育友好協会(AEFA)を通じて、海外での教育支援活動に積極的に取り組んでいる。この活動は、ラオス、ベトナム、タイといった東南アジア諸国での学校建設を中心としており、2022年の時点で彼が支援した学校では約4,000人の子供たちが学んでいる。山田がAEFAをパートナーに選んだ理由は、「箱もの(建物)を作って終わりではなく、教員育成などを含めた継続的な教育支援を行う」[7]という理念に共感したためである。この活動の背景には、彼自身の個人的な体験がある。
ある時、支援先の村で、東京での一晩の遊興費にも満たない約40万円を投じて村人全員のための宴会を開いたところ、人々は涙を流して喜び、いがみ合っていた村長同士が抱き合う光景を目の当たりにした。この出来事を通じて、お金の真の価値と使い方を悟り、それ以降、私財を投じて学校建設を支援するようになったと語っている[4]。
著書
- 『CD付 宅建主任者に面白いほど合格する本』(1999年、中経出版)
- 『福祉住環境コーディネーター検定「2級・3級」に1回で受かる本』(2001年、中経出版)
- 『行政書士に1発合格できる本』(2002年、ダイヤモンド社)
- 『社会保険労務士に6カ月で合格できる本』(2002年、ダイヤモンド社)
- 『[演習問題式]福祉住環境コーディネーター3級最短合格法』(2002年、中経出版)
- 『1カ月で完成する過去問題集 福祉住環境コーディネーター2級』(2002年、東洋経済新報社)
- 『1カ月で完成する過去問題集 福祉住環境コーディネーター3級』(2002年、東洋経済新報社)
- 『FP技能士2級に1回で合格できる本―最短合格を実現する「超」効率勉強法』(2003年、ダイヤモンド社)
- 『行政書士に3カ月で合格できる本』(2003年、中経出版)
- 『福祉住環境コーディネーターに2カ月で合格できる本』(2003年、ダイヤモンド社)
- 『みんなが幸せになる家を建てよう!―夢をかなえる家づくりの秘訣を大公開』(2004年、すばる舎)
- 『演習問題式 行政書士になる最短合格法―これだけはやっておきたい』(2005年、中経出版)
- 『[演習問題式]福祉住環境コーディネーター2級最短合格法』(2005年、中経出版)
- 『行政書士に3カ月で合格できる本 [新版]』(2006年、ダイヤモンド社)
- 『中小企業のための経費削減―1カ月で成果が出る実行プログラム付き』(2009年、東洋経済新報社)
- 『3ヵ月で宅建 本当は教えたくない究極の宅建合格メソッド』(2014年、フォーサイト出版)
- 『深夜12時過ぎまで働くサラリーマンでも難関資格が取れる勉強法』(2015年、幻冬舎)
- 『難関試験に一発合格する人の本番力』(2016年、幻冬舎)
- 『10万人が難関資格試験を突破した 受かる勉強33のルール』(2017年、幻冬舎)
- 『EdTech エドテック テクノロジーで教育が変わり、人類は「進化」する』(2019年、幻冬舎)
監修書
- 『行政書士』3カ月ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2004年、すばる舎)
- 『社労士』6カ月ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2004年、すばる舎)
- 『FP技能士』3カ月ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2005年、すばる舎)
- 『福祉住環境コーディネーター』2カ月ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2005年、すばる舎)
- 『カラーコーディネーター』3カ月ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2005年、すばる舎)
- 『日商簿記2級』14日間ラクラク合格問題集―有名資格学校の人気講師が教える(2007年、すばる舎)
- 『日商簿記3級』14日間ラクラク合格問題集―有名資格学校の人気講師が教える(2007年、すばる舎)
- 『日商簿記2級』14日間ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2009年、すばる舎)
- 『日商簿記3級』14日間ラクラク合格術―有名資格学校の人気講師が教える(2009年、すばる舎)
メディア出演
テレビ
- HISTORY(TOKYO MX)-2024年3月27日
ラジオ
- ナイツのちゃきちゃき大放送(TBS)- 2015年11月28日[8]
- 竹内由恵のT-Times(ニッポン放送 Podcast配信)- 2023年11月30日[9]
- 笠井信輔のBUSINESS FRONTIERS(文化放送)- 2024年5月13日[10]
脚注
- ^ “フォーサイト”. 2015年4月14日閲覧。
- ^ admin_enjin (2024年6月14日). “株式会社フォーサイト 山田浩司 - エコノミスト未来賞”. 2025年8月17日閲覧。
- ^ a b c d kikkawa (2025年8月29日). “お金なし、障がいあり、毒親付きでは大成できない、なんてない。―困難な環境をものともせず教育で人生を切り開き幸せを満喫する「フォーサイト」経営者山田浩司さんの逆転の半生―|LIFULL STORIES”. LIFULL STORIES. 2025年8月29日閲覧。
- ^ a b c d “ライバルはエンタメ業界?「真面目な風潮をぶっ壊す」教育界の風雲児〜株式会社フォーサイト 山田浩司さん~|文京区の記者投稿|文京区民ニュース”. 区民ニュース. 2025年8月17日閲覧。
- ^ “山田 浩司”. ゴールドオンライン. 2025年8月29日閲覧。
- ^ a b c “フォーサイトのあゆみ”. 資格試験の通信教育・通信講座ならフォーサイト (2024年6月13日). 2025年8月29日閲覧。
- ^ “NPO法人 AEFA アジア教育友好協会”. NPO法人 AEFA アジア教育友好協会 (2021年6月8日). 2025年8月17日閲覧。
- ^ “TBSラジオ『ナイツのちゃきちゃき大放送』の「作者がプレゼンにやって来た!」コーナーに代表山田が出演しました”. 資格試験の通信教育・通信講座ならフォーサイト (2015年11月27日). 2025年8月17日閲覧。
- ^ “11月30日(木)配信 株式会社フォーサイト 代表取締役社長・CEO 山田浩司 | 竹内由恵のT-Times | ニッポン放送 ラジオAM1242+FM93”. 2025年8月17日閲覧。
- ^ “笠井信輔『引き算の縁と足し算の縁』”. 笠井信輔オフィシャルブログ「笠井TIMES ~人生プラマイゼロがちょうどいい~」Powered by Ameba. 2025年8月17日閲覧。
出典
関連項目
外部リンク
山田 浩司(やまだ こうじ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 08:20 UTC 版)
「メタルファイト ベイブレードの登場人物」の記事における「山田 浩司(やまだ こうじ)」の解説
アニメ第1話で行われていたWBBA主催のベイブレード定期大会に出場していた少年。準々決勝第1試合でケンタとバトルをして勝利している。
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