小原栄次とは? わかりやすく解説

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小原栄次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/10 10:20 UTC 版)

小原 栄次(おはら えいじ、1897年明治30年〉9月13日 - 1957年昭和32年〉1月20日)は、日本の弁護士弁理士[1][2]

人権擁護委員東京連合会副会長[2]日本弁護士連合会人権擁護第一部長[2]東京地方裁判所調停委員[2]東京弁護士会常議員[2]を歴任した。鹿児島県出身。族籍は鹿児島県士族[1]。三女は声優女優ナレーター、朗読家の小原乃梨子[3]

経歴

鹿児島県士族・小原萬次郎の息子として同県日置郡上伊集院村上谷口に生まれる[4]。母は奥休太郎の長女・イネ[1]1937年(昭和12年)に家督を相続した。1914年大正3年)博約義塾(現・樟南高等学校)を卒業後、上京し、1917年(大正6年)、中央大学法科を卒業[4]。卒業後、農商務省に奉職。その後辞職し、小田原紡織や羊毛整製などで敏腕を振るった[4]

1921年(大正10年)、弁護士試験に合格し、1922年(大正11年)、東京地方裁判所に登録して弁護士を開業[4]。翌年の1923年(大正12年)に弁理士を開業した[4]。その傍ら大野本店や岩田鉄工所、日本マレーブル、福寿鉱業の各顧問を歴任[1]

人物

宗教は真宗[1]。趣味は和歌[1]

家族

小原家
  • 父・萬次郎(生没年不詳)
  • 母・イネ1873年(明治6年)8月生)
    鹿児島県、奥休太郎の長女[1]
  • 先妻・たい子(生没年不詳)
    愛知県出身[4]
  • 後妻・イマ1911年(明治44年)1月生)
    弘前実科高等女学校卒業[1]
  • 長男・孝純1934年(昭和9年)2月生)
    中央大学法学部卒業[3]東京信用金庫元勤務[3]
  • 長女・和子1924年(大正13年)1月生)
    武蔵野高等女学校卒業[1][3]
  • 次女・香代子1933年(昭和8年)1月生)
    夫はラジオ東京元勤務の池田徹也[3]
  • 三女・法子(小原乃梨子)(1935年(昭和10年)10月生)
    夫は演出家の戸部信一。息子はアニメーター戸部敦夫
  • 四女・宏子1941年(昭和16年)7月生)

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年7月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年7月23日閲覧。
  3. ^ a b c d e 『日本女性録』中央探偵社、1958年、10頁。 
  4. ^ a b c d e f 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年7月23日閲覧。

参考文献

  • 『日本女性録』中央探偵社、1958年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第25版 上』人事興信所、1969年。



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