小休止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/04 15:38 UTC 版)
それから2、3日の間、味方の士気を高めるために、ジャンヌはオルレアン周辺の道路を定期的にパレードし、住民にはパンを、守備隊にはお金を配った。ジャンヌはイングランドの砦にも使者を送り立ち退きを要求したが、イングランドの指揮官たちはこれを嘲った。「魔女の回し者」として使者を殺すと脅した者もいた。 ジャンヌは、デュノワと他のフランスの指揮官と共に戦略会議に参加した。「オルレアン包囲戦の日記」では、ジャンヌと街の防御を指揮したデュノワとの間で、軍事戦略に関する多くの白熱した議論が翌週行われたと報告している。 5月1日、デュノワは行動を起こすには守備隊が小規模過ぎると考え、街をラ・イルとジャンヌに任せ、援軍を準備するために自らブロワに向かった。この間、ジャンヌは市壁の外側に赴いてイングランドのすべての砦を自ら偵察し、ある時間、ウィリアム・グラスデールと言葉を交わした。 3日、デュノワの増援部隊がブロワを発ち、オルレアンに向かった。これと同時に、他の部隊がモンタルジとジアンから、オルレアンの方向に向かった。翌4日の早朝、デュノワの部隊はボースを経由し、イングランドの守備隊を考慮し、川の北岸に直接到着した。イングランド軍はフランス軍が強いと見るや、部隊の進入に対して攻撃をしかけなかった。タルボットは、それを護衛することで難を逃れた。 ジャンヌがオルレアン防衛のために取った戦法は、各要塞に分散された(各要塞の情報連絡には時間が掛かった)イングランド軍を立て続けに各個撃破するというもので、攻城戦は包囲後に講和を結んで終結するという当時のヨーロッパの常識から考えると「蛮族の行為」であった。
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