将軍への献上
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/04 02:55 UTC 版)
門弥の年齢もあり、完成した陸船車は門弥の息子善兵衛によって享保14年4月頃に江戸へ運ばれ、上聞(しょうもん)、つまり将軍徳川吉宗へと献上されたとある(門弥が陸船車を考案し発明中の時点で将軍の耳には入っていたとされる)。正確には、将軍の命で完成したら小姓山本新五右衛門に献上する様にと伝えられ、完成後、4月3日に江戸着、乗車姿を見せる為、善兵衛は神田鍛冶町で待機していたとされる。
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