宜蘭の語源
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/04 08:00 UTC 版)
台湾の宜蘭地区は古くは「クバラン(Kavalan)」族の名称を台湾語音訳した噶瑪蘭、蛤仔難或いは甲子難と呼ばれた。「Kavalan」とは「平原の人」を意味し、山岳部に居住したタイヤル族と区別するための呼称であったと考えられる。スペイン人が台湾北部を占拠すると宜蘭地区には「噶瑪蘭省」(Cabarán)が設置された。清代になると「諸羅県」(現在の嘉義)の管轄となり、1723年に新たに設置された「彰化県」に、1730年には「淡水庁」に移管された。これらの期間中、清朝は宜蘭地区を管轄していたが、それは名義的なものであり実質的な行政権が及ばない範囲であった。そのため宜蘭地区は海賊(実質的には独立した海上貿易商人)の本拠地となっていた。その後数度の行政組織の改編が行われ、1810年には「噶瑪蘭庁」が設置された。1875年に県が設置される際、噶瑪蘭の「蘭」に雅字の「宜」を組み合わせ「宜蘭県」の名称が誕生した。これより行政名称からは「噶瑪蘭」が消滅し、以降「宜蘭」が当該地区を表す名称として使用されることとなった。
※この「宜蘭の語源」の解説は、「クバラン族」の解説の一部です。
「宜蘭の語源」を含む「クバラン族」の記事については、「クバラン族」の概要を参照ください。
- 宜蘭の語源のページへのリンク